第XI話 終演
(……ここは一旦退くべきか)
大黒は現状を整理するために、一度戦いの場から離れることにした。
しかしこの部屋から出ることは不可能だろうと考えたため、大きく後方に飛び、天井に近い位置の壁に刀を突き刺すことで戦線を離脱した。
そうして一息つくことが出来た大黒は、刀にぶら下がりながら部屋全体を注意深く見渡し始めた。
「これは、ひっどいな……」
大黒が戦っていた場所には、もはや人数も分からないくらいバラバラになった死体が蠢いてた。
立って動いている子供は一人もおらず、全てが這いつくばって大黒が張り付いている壁に向かってきていた。
その様子を見て大黒は顔をしかめる。
(全部そこそこ斬ったけどまだ動かなくなってる子供はいない……か? 混ざりすぎててよく分からないけど。体は斬ったけど頭はあんまり斬ってないからか? それか体のどこかに核があるけど斬れてないだけ? 脳みそ貫かれてるのはいるけど体を動かすのに脳は関係ないのか? ていうか手足も首も飛ばしてる胴体だけの奴はこっちに来てどうするつもりなんだ。さすがに攻撃方法無いだろ……)
色々と考えるが攻略方法を思いつく前に死体が壁を這い上がってくる。
腕がある死体は腕を使って壁をよじ登り、腕が無い死体は壁の下に積み上がって少しでも大黒との距離を縮めようとする。
蜘蛛の糸に群がる亡者のようになってきた死体達に、大黒はもう一切の容赦をしないことに決めた。
ここが現実ではないとはいえ、既に現実では死んでいるとはいえ、こんなにも醜い姿を晒し続けるのは子供たちに対する冒涜に他ならない。
そんな行いを無視して分析を続けられる程、大黒も気が長い人間では無かった。
「……原型を留めないほどグチャグチャにすればいくらなんでも動かなくなるか。やってやるよ天魔雄神、その代わりここを出たら絶対に一発ぶん殴ってやる!」
意気込んだ大黒は刀の柄を両手で持ち、壁に足をつけて体を丸める。
そのまま壁を蹴った反動で壁から刀を抜き、死体達の背後に降り立った。
「やっ!」
掛け声と共に一閃。
四肢を狙うなどのように遠回りなやり方はせず、死体の塊全てに刃が通るように横薙ぎに刀を振るう。
今まで以上に血は飛び散り、細かな肉片も降ってくるが、大黒は動揺しそうになる心に蓋をしてただ機械的に死体を切り刻み続ける。
斬る。殴る。裂く。貫く。投げる。叩く。蹴る。潰す。
様々な方法を使って大黒は破壊を続ける。破壊する度に個別に動く肉片が増え、
体を掴まれたらその部分ごと抉り取って拘束から逃れたり、片腕を斬り落として囮として使ったり、自分の体を物のように扱っていた。
痛みが無いわけではない。現実に比べたら数段落ちるが、それでも体を損傷したらその分の痛みを大黒は感じていた。
さらに損傷した部分を修復するのには霊力を消費する。肉体がある現実とは違い、霊力だけのこの世界では霊力を完全に使い切ったら消滅、つまりは死んでしまう。
それらを全て分かっていながらも大黒は止まらない。
子供達を斬り刻んでいる自分が体を抉られる程度の痛みに膝をつくわけにはいかない。
霊力を消費する度、死が近づいているのは感じているがそんな恐怖に屈している暇はない。
こんな冒涜はとっとと終わらせなければならないし、外にいる純や刀岐も心配だ。
そして、何よりも早くハクに会いたい。
そういった想いの数々が大黒の体に止まることを許さなかった。
だが、とうとう終わりが見えてきた。
「はぁっ、はぁっ……、はぁ……」
肩で息をする大黒の周りにあるのは原型を留めず沈黙した肉片の山。
自分の体も相手の体も顧みず刀を振るい続けて数十分、ようやく全ての死体を止めることに成功した。
全身血塗れになった大黒はふらふらとした足取りで部屋の隅に向かい、壁を背にして座り込んだ。
(やっと終わった……。体中痛まない箇所がないけど、これで終わりなら我慢できなくもない。……にしてもこれからどうなるんだろうか。ここに来た時みたいに勝手に移動させられるのか、あの扉が開くのか……)
大黒はこの先の展開を予想するが、しばらくたっても一向に状況が変わる気配がなく、まだ何かあるのかともう一度部屋を見渡した。
そこで部屋の中心にうつ伏せに倒れている一人の子供がいることに気がついた。
しかしそれはありえないことであった。大黒や死体があれだけ派手に暴れまわっていた部屋にまともな体が残っている子供がいるはずがない。
そもそもさっきまでは確かにもう誰もいないはずだった。
もしかしてまた無限に子供の死体を相手にしないといけないのかと考えた時、大黒は激しい既視感に襲われた。
(ああ……、俺はこの風景を知っている。周りには子供の死体だらけで、残っているのは俺ともう一人だけ。…………そうか、あの時の子供はお前だったんだな)
壁にもたれて蹲る大黒と、床に這いつくばって足掻いている子供。
それは大黒が経験した蠱毒の最後の再現。
戦いに勝ち残った子供と結界に閉じこもっていた大黒のどちらが先に餓死するかの耐久戦。
残った子供が誰かなんて昔の大黒は考える余裕は無かったが、今ならそれが秋人の実子だったということが分かった。
秋人の子供は並居る子供を殺しきりはしたのだが、最後に大黒の結界を破壊することは出来ず、絶望と憎悪に身を焦がしながらこの世を去った。
秋人の子供が日に日にやつれていく様は、今も大黒の目に焼き付いている。
天魔雄神は再びそれを味わえ、と暗に言っていた。
「……くそっ」
天魔雄神の意図を理解した大黒は無力感に苛まれながら、ジッと動かずに事が終わるのを待ち続けた。
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