第Ⅳ話 嫌悪
「まったく……、今が非常時ということを貴方が理解しているか不安になりますね」
痛みを訴える大黒から手を放してハクは嘆かわしいと言わんばかりに溜息を吐く。
それに対して大黒は、解放された腕をだらりと下げて気まずそうに明後日の方向を向いた。
「い、いやー……、逆に危機的状況だからこそ生存本能が暴発してさっきみたいなことになったのかもしれないし……」
「言い訳はもう聞き飽きました。それよりも貴方は今の状況をどう見ていますか?」
大黒の言い分をバッサリと切り捨てて、ハクは大黒がどれだけ事態を把握してるかについて問う。
その問いに答えるため、大黒は改めて周囲を見渡して考察を始めた。
車内の会話は大黒とハクを除いて、繰り返され続けている。
そして大黒達を乗せた車はちゃんと走っているものの、よくよく外を観察すればずっと同じ景色の中にあり会話と同じく繰り返す、というよりは再現され続けていることが分かった。
しかし再現されているにしても、明らかに足りないものが外に世界にはあった。
「……最初は、周りがおかしくなったのかと思ったけど違う。時間が操作されてるわけでもない。どんな妖怪の仕業かまではまだ分かってないけど、一つだけ言えるのはここは現実の世界じゃない」
「そうですね、正解です」
ハクはふっと微笑んで、大黒と同じように外に目をやった。
確かに一見同じ場所をぐるぐると走っているように見えるが、より視野を広げてみればそこには人がいなかった。
かと言って一人も存在していないわけではなく、すぐ近くを走っている車の中などには確かに人の形がある。
だが遠くの車線まで目を凝らして見てみると、車は走っているものの中に運転している人がいない。
大黒もそのことに気がついて、ここが現実世界じゃないという確信を持った。
「俺が見えてた範囲を再現してるんなら、ハクから見える景色とも少し違ったものになってるのかもな。でも結局ここはどこなんだ? 異空間……とかにしても引きずり込まれる感覚とかなかったしなぁ。俺とハクだけがここにいるのも謎だし……。ハクは何か心当たりがあったりするのか?」
「ええ、
再び先程の大黒の行動を咎めて、ハクはこの現象の心当たりについて話し始める。
「まずここがどこなのかという話ですが、恐らくここは精神世界。私や貴方のではありません。私達に攻撃を仕掛けてきている妖怪の精神の中です。私達は霊力だけを抜かれてこの世界に連れてこられたのです」
「……俺達だけを狙って? ハクの幻術がそう簡単に見破られるとは思えないんだけど」
「そうですね、見破ったわけでは無いのでしょう。私が車に幻術を施したのは車に乗る直前ですし、その時から監視しておけば私達を見失うことはありません。それに行き先も分かっているなら、待ち伏せもしやすいでしょうし」
「あー……ってことはつまり」
「はい、七福神が私達の情報を売ったと考えるのが自然でしょうね。このタイミングで攻撃を仕掛けさせることが出来るのは彼らしかいません」
大黒達は家を出る前、周りに自分達を監視している人間がいないかを確認してから出発した。
もちろん七福神の面々はずっと大黒達が見える範囲に陣取っていたが、その七福神が賞金を渡さないために他の陰陽師を牽制していたため、まだ大黒とハクを狙う者は近くには来ていないと断言をした。
『奴らならそういうこともする』
という刀岐の証言もあり、その時は確かに誰にも見られず家を出ることに成功したと全員が思っていた。
しかし七福神の金銭への執着が大黒達の想像の上を行った。
「なんだよもぉー……、あいつらハクの隠し財産が欲しくないのかよー……」
「私達がそれくらいでは死なないと思っているのか、財宝など信用出来なくなったのか、誰か個人の暴走なのか、可能性はいくらでもありますがそれはここで考えても仕方がないでしょう。……ここを出て、彼らと対面した時にでも問いただせばいいことです」
「そう、だな」
大黒は険しい顔をしたハクの迫力にたじろぐ。
ハクがわりと根に持つタイプだと知っている大黒は、七福神との邂逅は修羅場になりそうだ、と思いながら他の疑問点について尋ねる。
「でも車が分かったところで中にいる人間は分からない気もするんだけど。こんなシームレスに引き込まれたってことは接敵は一瞬だよな? それなのに俺達だけを捕まえる余裕なんて……」
「……確かにそれは難しいでしょうが、この相手ならそれをしても不思議ではありません」
「ハクがそれだけ言う相手か、嫌な予感しかしないな……。……そろそろその相手の名前を教えてくれないか?」
本当は聞きたくないという顔を隠さずに、それでも聞かなければならないという意思で大黒は話を先に進めた。
そしてハクは険のある声でそれに答えた。
「敵の名前は
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