第Ⅲ話 葛藤

「ま、仲間意識がなかろうが倫理観がなかろうが、とりあえず話が通じる相手ならそれでいいさ。個人的にはそれよりも話の通じない狂人の方が恐いな。そういう奴に限って無駄に強かったりもするし。多分傭兵の中にもそんな奴らっているよな?」


 大黒は七福神以外の傭兵について刀岐に尋ねる。

 しかし何故だが返事がなく、不思議に思って横を見てみると刀岐は前を向いたまま静止していた。


「刀岐……? いや、刀岐だけじゃない他の皆も……」


 数秒前まで声が交わされていた車内は不気味なほど静まり返っており、異変が刀岐だけに起こったものじゃないことはすぐに把握できた。

 そしてこの現象を攻撃だと判断した大黒は、上手く動かない腕を震わせて懐から護符を取り出した。


(車は動いてる……、時間が止まってるわけじゃない。幻術の類か? だとしてもいつ、どのタイミングで術をかけられたかが分からない。ていうかこっちには幻術のプロのハクがいるんだ。そう簡単にかけられるとも思えない。じゃあ……)


 周りを警戒しながら何をされているかの分析を始める大黒。


 大黒が考えては否定し、考えては否定し、と繰り返していたら考えを纏めるよりも先に状況の方が変化をし始めた。


「し、しし、『七福神』ってぇのが奴らの名前です。由来は名前のまんま、七福神からですね。福の神にあやかって付けただけの名前なだけで、それ以上の意味はありやせん。構成人数だって別に七人ってわけでもないですしねぇ」

「……ちょっとなんか、ホラーじみてきたな」


 先程まで沈黙を保っていた刀岐の口が急に開き、既に話した内容を一言一句違わず話し出す。

 見知った人間、しかも色んな面で頼りにしていた刀岐の奇行は大黒の背筋を凍りつかせるには十分な光景だった。


「いえいえ、味方になるとしても知っておいて損はないでしょう。なんと言っても傭兵界隈一の曲者揃い、正直あっしは敵にも味方にもしたくない相手ですから」

「……なるほど、こっちが返事をしようがしまいが完全再現って感じか。意識があるようには見えないし、ただ時間が巻き戻ってるっていうのでもなさそうだ。そもそもこれって本物なのか? 物理的な体は確かにあるみたいだけど……、…………!」


 そっと刀岐の体に触れ、体がそこに存在していることを確かめた大黒はカッと目を見開き、ある考えに思い至った。


(体は、ある。暖かみも感じられる。その上で意識は恐らくここにない。ってことは……)


 大黒は視線をゆっくり左にいるハクへと移す。


(ハクの体が触り放題ってことなんじゃないか……!?)


 大黒は荒い息を隠すように手を口に当てて、血走った目でハクの肢体を観察する。

 その姿は控えめに言っても性犯罪者のものでしかなく、意識さえあったらハクどころか純以外の全員が冷たい目を向けるような代物だった。


 そんな風になっている自分の姿には意識を向けず、大黒はただただハクの体を触るかどうかだけを悩み、葛藤していた。


(どうする俺……! このハクが偽物かどうかなんかは問題じゃない、完全再現してくれてるならむしろ偽物である方がありがたいくらいだ。最悪なのは表に出てないだけで意識があること。もし俺が触って、それがバレてるなら今まで築き上げた信頼関係が全部吹き飛ぶ! ハクだけじゃなく他の皆にもゴミ虫を見るみたいな目で見られることは間違いない……! けど、こんな千載一遇の好機……ていうかぶっちゃけAVみたいなシチュエーションは今後の人生で起こり得ない! ああ……! でもそんなことは人間的にダメだと言ってる自分もいる……! 俺はどうしたら……!)


 ハクから視線は外さないまま、大黒はあれやこれやと頭の中で考える。


 リスクやリターン、その他思いつく限り様々な可能性を巡らせて、最終的に大黒が出した答えは……、


「よし、触ろう」


 自分の欲望に忠実になることだった。


(でも流石に触り続けるのも罪悪感が凄いし、ワンタッチ……いやツータッチだけにとどめておこう)


 大黒はズレた所で自分を律しようとしながら、腕を無防備なハクの体に吸い寄せられるように近付けていく。

 そしてとうとうハクの体(胸)に大黒の手が触れそうになった瞬間、ハクの手が動き大黒の腕を掴んできた。


「…………………………」

「…………………………」

「…………あの、ハク。いや、ハク、様」

「はい、何でしょうか」

「……こ、これは誤解でして。け、決して俺はハクの体をいやらしい目的で触ろうとしたのではなく、状況整理のために触診……そうまさに触診と同じ目的で検査しようとしただけで……」

「へぇ? 貴方が男らしく自分の間違いを認めたのなら不問にしようかとも思ったのですが」

「ま、間違いだなんてそんな。俺は本当にハクに異常がないかを見ようとしてただけで、でぇっ!? 痛い痛い痛い痛い! すいませんでした! 本当は自分の欲望のために触ろうとしてました! もう二度としないと誓うのでその手を放してくれ!」


 一度チャンスを与えたのにも関わらず、まだ言い訳を続けようとしていた大黒の腕をハクは力強く握りしめる。

 大怪我をしている大黒の腕は弱体化しているハクの力でも容易に握り潰せるくらいのダメージを負っており、痛みに耐えかねた大黒は謝罪に走った。


 

  



 


 

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