第三十話 脅迫

「ふー……! ふーっ……!」

「落ち着いてきたか? まあ無闇に痛め付ける趣味はないから安心してくれ。ただあんたみたいに軽くて薄い相手には、実際の痛みを伴わせた方が言うことを聞かせやすいってのが持論なんだ」


 食いしばった歯から苦しそうな息を吐き出す上原に静かに語りかける大黒。

 空はまだ暗く、結界内では大黒の霊力だけが白く光っている。

 その威圧感を背に受けながらも上原は憎々しげに言葉を漏らす。


「はぁー……! はー…………! ふー……、言うことを聞くだぁ…? こんなことしといてふざけんじゃねぇぞ……! お前は絶対に殺してやる……!」

「……何も別に難しいお願いじゃない。ただあんたには相生姫愛が大学を卒業するまで、その身を守って欲しいってだけだ。どうせ後半年とちょっとだ、それくらいなら依頼主も誤魔化せるだろ」

「だからっ……! なんで俺がそんなことを……ぎぁっ……!」


 上原は地に伏せたまま不満を叫ぼうとしたが、大黒が木刀を軽く手前に引いたことで苦痛の声に変わる。


「このまま木刀を下ろしていけば、あんたの腕は二つに分かれる。方向を変えて横に下ろせば右手の親指と……勢いが余ったら首ともお別れだ。左手にしたって俺が足に力を込めれば簡単に粉々になる」


 みし、みし、と骨が軋むのを感じた上原は、左手に力を注いで抵抗しようとするも一秒と保たなかった。


「あああぁぁ……!」

「こんなことをしたくないってのは本心だ。痛いのも、痛くするのも俺は嫌いだし。けど、それはそれとしてやった方が良い状況なら俺はやる。同情のいらない相手には効率だけで全部を判断する。今はあんたを生かして言うことを聞かせるのが一番効率的だ」

「うぐっ……、はっ……」

「それを踏まえた上でもう一度俺のお願いを聞いて欲しい。相生姫愛が大学を卒業するまで、あいつの身を守ってくれないか?」


 上原の呻き声が挟まる中、大黒は目的を遂行するために脅迫を続ける。

 そうしている内に上原からは敵意や反意が少しずつなくなり、代わりに諦めの感情が表出されてきていた。


「もしそれがバレたら俺の傭兵としての信用が……」

「信用が落ちるって? 命を落とすよりかは何倍もいいだろ」

「……半年以上も誤魔化しきれる自信がない。まず依頼内容が三ヶ月以内に姫愛ちゃんを殺すことなんだよ。それ以上の時間がかかって姫愛ちゃんの体調に何の変化もなかったらさすがに怪しまれる」

「幻覚を使って弱ってる姿でも見せとけばいい。兄妹が四六時中一緒にいるわけでもないし、それで十分なはずだ。素人相手にそれが出来ないようなら、あんたは傭兵どころか陰陽師に向いてないから転職を勧めるよ」

「…………俺がその条件を飲んだら本当に見逃してくれるのか?」

「約束する。なんならこの後治療だってしてやるさ」

「分かった……。条件を飲むからもう解放してくれ……」


 上原は苦虫を噛み潰したような表情で承諾の意を伝えた。

 大黒が感じ取れる範囲ではそこに嘘偽りはなく、これ以上は余計な反発を生むだけだと判断し、上原の手から木刀を抜いた。


「いてぇ……、いてぇよぉ……」

「今から治すしあんま情けない声出すな。というかそんなんでよく傭兵稼業続けてこれたな」


 大黒は呆れ顔で上原の治療を始める。


「こんな傷今まで負ってこなかったんだよ……。仕事のほとんどは一般人相手の呪殺だったし」

「もはやただの殺し屋だな。あんたも陰陽師なら妖怪を退治するくらいやればいいのに」

「嫌に決まってるじゃんそんなの。なんで自分より強いかもしれない化け物と戦わなくちゃならないんだ。お前のことだって一般人じゃないにしろ、ただの人間だと思ったから呼び出しに応じたんだ。最初っからそんな化け物染みた姿してたらここには来なかったさ」


 上原はみるみる回復していく自分の手を見つめながら悪態をつく。


「何か勘違いしてるみたいだけど、あんたくらいなら今の状態にならなくても楽に殺せたよ」

「え……」

「隙も多いし体捌きも微妙、術に長けてるわけでもなさそうだし霊力量も多くない。まあそれもこれも一般人しか相手にしてないっていうのなら納得の練度だけど」

「…………馬鹿にしやがって」


 大黒からのダメ出しを聞いた上原は、納得がいかない空気を出しながら小さく呟く。

 その様子を正面からしゃがんで見ていた大黒は、一旦治療を止め、上原の眼前に木刀を突き刺す。


「あれだけ力の差を見せつけられてまだそんな口が叩けるのはある意味凄いが、一応釘は刺しとく。もし相生姫愛の身に何かあったら、証拠があってもなくても俺はあんたの仕業だと断定する。その時は今よりも徹底的にあんたを追い詰めることだけは約束しよう。自分の力量すらきちんと分かっていないくせにプライドだけ高い人間がどういう末路を送るのか身を持って教えてやる」


 大黒の言葉に上原は絞り出すような声で『……分かったよ』とだけ返す。


 そして再び治療に戻った大黒は、頭の中で熱くなりすぎた自分を戒めていた。



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