第二十九話 地雷
「ははっ、随分な言いようだねぇ。別にこんなのよくある話だろうに」
「ありふれてるかどうかと、許せるかどうかは全然違う話だ。……念の為聞いとくけどあんたの依頼主の動機はなんなんだ?」
「そりゃもう簡単、金だよ」
上原は親指と人差し指で丸を作り、いやらしく笑う。
「この家を見ても分かる通り、親は随分金持ちらしい。姫愛ちゃんの兄貴……一っつー名前なんだけど、一はその恩恵で体も心もブクブクと太ってどこに出しても恥ずかしい、まさにボンボンの息子に育ち上がった」
「はっ、妹とは大違いだな」
「ああ、そこだよ。そこが一が俺に依頼を出すことになった一つの原因でもある」
「…………」
「分かんないか? 出来の悪い兄と出来の良い妹、もちろん親は妹の方を可愛がってる。昔はそうでもなかったらしいが、今じゃ扱いの差は露骨らしい。まあとっくに成人してんのにバイトすらしたことない兄だ。それで追い出されることもなく小遣いまで貰ってるんだから全然甘やかされてはいるんだけど」
「羨ましい限りだ」
相生一の話を聞けば聞くほど、大黒はその人物像に嫌悪感を募らせていく。
「そしてそのうち一は危機感を抱くようになった。もしいずれ親が死ねば、その遺産は自分じゃなく妹にいくんじゃないかって危機感を。だから……」
「だから? そうなる前に妹を殺してしまおうって?」
「っ!」
話を遮った大黒の迫力に上原は一瞬体を震わせる。
兄妹の話。それは大黒にとっても身近なものであり、だからこそもはや大黒はこれ以上相生一の話を聞くことは耐え難かった。
「確かに、遺産を独り占め出来たら一生どころか人生を二回三回豪遊したって尽きない金が手に入るかもしれない。その上、あいつは卒業したら東京に就職が決まってるって言ってた。そうなると今より殺しづらい環境になるのは間違いないだろう。だから動くとしたら今しかないってのも分かる。……だけど、そんなことくらいで兄が妹を殺そうとしていいはずがないだろ」
――――怒りが、大黒の中で暴発する。
兄とは妹を守る者、というのが大黒が持つ変えられない考えの一つである。
妹を守れない兄の時点で大黒はその人間に兄である資格はないと思っているし、まして妹を殺そうとする兄など唾棄すべき存在ですらあった。
それを目の当たりにしたことによる大黒の怒りは、大黒の体を
金色の瞳、膨大な霊力、銀色の髪。
徐々に大黒の体が作り変えられていく。その変化の仕方は今までで一番緩やかなものだったが、内に秘められた怒りは過去二回と何ら遜色なく大黒の身を焦がしていた。
「ふー……」
「は、はは……。なんかお前の体、変なことになってね?」
大黒の変化を見た上原は、一筋の汗を流して大黒から一歩身を引く。
年下で現在は陰陽師ですらない大黒をどこまでも舐めていた上原は、ここに来てようやく大黒が自分の太刀打ちできない相手なのではないかと思い始めていた。
「解除」
大黒は自分の周囲を囲っていた結界を解除し、少しづつ上原に近づいていく。
一歩。
二歩。
三歩。
そうして大黒が歩を進めたのと同じ数だけ、上原は大黒から後ずさっていく。
「ま、待て待て待て! 俺はまだお前の要求を聞いてないんだって。ほ、ほら話してくれたら分かりあえるかもしれないじゃん? まずは落ち着いてその場でお前がどうしてほしいか話してみてくれよ。姫愛ちゃんを殺してほしくないってんなら一応俺から一に掛け合ってみるしさ! 一旦……一旦だけ足を止めてくれ、そんな怒ってるお前を見たら姫愛ちゃん泣いちゃうぜ!? 男ならあんないい
上原はどうにか大黒を近づかせまいと早口で捲し立てる。
しかし上原の弁舌に大黒は一切反応を見せず、グッと膝を曲げて足に力をこめる。
そして次の瞬間、上原が知覚できないスピードで上原の背後に回り込み、力任せに足を払った。
「いっ……!」
わけも分からず地面に倒れ伏した上原は痛みに呻くことしか出来なかった。
「生成、消失結界」
上原が起き上がるよりも前に、大黒は自分と上原を消失結界で囲う。
これから上原がどんな叫び声を上げても周囲の人間に気づかれないように。
「ふっ……!」
結界を張った後、大黒は上原が抵抗できないように上原の左手は左足で踏みつけ、上原の右手は木刀で貫いて地面に固定させた。
上原が自分の身に何が起きたかを理解するよりも前に、今までの人生で感じたことがないほどの強烈な痛みの信号が上原の体を襲った。
「!? ぁあっ! ああああああ!! 痛いっ! 痛い痛い痛いっ!! 手がぁっ! 俺の手っ、ああ! なんだっ! なんだこれぇっ!? くそっ! くそぉっ!」
「……あんまり暴れないほうがいいぞ。傷口が広がって余計に痛くなる」
大黒の助言も痛みに襲われている上原の耳には届かない。
上原はしばらくの間、足をジタバタとさせ痛みから逃れようともがいていた。
だが妖怪化した大黒がその程度で上原を逃すわけがなく、結局上原に可能だったのは歯を食いしばって痛みに耐えることだけだった。
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