第十八話 戦争

「…………、中身は基本的によくある研究ノートですね。実験の日付や方法、材料や結果などが書き記されています」

「同じような研究をしてる奴には有益だろうけど、そこら辺は俺達には関係ないな」


 ハクがパラ、パラとページを捲り、大黒はそれを覗き込む。

 そしてあるページに差し掛かった時、ハクがピタッとページを捲る手を止めた。


「これは……日記、ですかね」

「みたい、だな」


 二人は明らかに実験の記述ではないその文章を目で追った。

 

『今日から追われる身となった。少しでも手荷物を減らすため、これからはこの本を研究ノート兼日記にしようと思う』


 という文章から日記は始まっており、そこからは実験内容と日記が交互に記されるようになっていた。


「毎日日記をつけるなんてマメだなぁ、一文一文はえらく簡素だけど」

「それくらいでないと研究者なんて務まらないのでしょう。それにマメというだけでなく、思考の整理や日々の少しの変化にも気付けるようにしているという役目も兼ねているのでしょうし」

「その勤勉さには頭が下がるよ」


 そうして二人は主に日記の部分を重点的に読み進めていき、とうとう目当ての部分へと行き着いた。


「あ、ハク。そこでストップ。多分このページがあいつの見せたかったところだ」

 

 大黒はハクの手を止めて、そこに書いてある文字を口に出す。


「『資料集めのため久々に協会に潜入した。探していた資料こそ見つけられなかったが、気になる噂を耳にする。半妖が九尾と手を組んで協会に復讐するという話だ。もしこれが真実なのならば陰りの日の再来か? また詳しく調べてみよう』……、ハクって半妖と一緒に行動してた時期とかあったりした?」

「全く覚えがありませんね。貴方と出会うまではずっと単独行動でしたので。貴方も広義の意味では半妖みたいなものですし、貴方のことでは?」

「それもないだろうな。これが書かれてるのは半年も前だ、まだハクと俺は出会ってもない」

「……まあ、ではそこは置いておいて。この陰りの日というのは何のことか知っていますか?」

「ああ、こっちは知ってるよ。陰陽師に関わる人間でこれを知らない奴は一人もいないって断言できる。それくらい陰陽師の間では常識となっている事件だ」


 大黒は少し顔をしかめながら『陰りの日』について語りだす。


「事件っていうよりは戦いかな、三十年前くらいに起こった文字通りの戦争だ。半妖を虐げ続けた陰陽師と陰陽師からの虐待に我慢の限界を迎えた半妖の大戦争」

「虐待、と言うからには普通に式神として使役していたなんて話ではないんですよね?」

「ああ。……半妖っていうのは人間と妖怪の良いとこ取りした生き物だ。妖怪特有の高い霊力や膂力に人間特有の霊力コントロールの巧みさを持つ、言ってしまえば妖怪や人間の一段上にいる存在だ。昔は今と違って人間と妖怪の婚姻を禁じられていなかったから、たまにではあるけど半妖も産まれていたらしい。そして協会はそんな強い半妖を便利な駒として使うため、半妖が産まれた際には式神契約を結ぶことを義務付けた。協会の息のかかった人間と半妖の間にな」

「……倫理的にもどうかと思いますし、半妖の父母から反対は出なかったんですか?」

「もちろんでたよ。けど陰陽師の中には排斥派っていう妖怪を毛嫌いする派閥があってな。そいつらは半妖も妖怪に分類されると主張し、半妖の力の強さを考えると首輪をかけておくべきだと言い始めた。協会の上層部はその意見を後押しにして式神契約を強硬した。排斥派は数も多かったからやりやすかったろうよ」

「少数派の意見は封殺されたというわけですか」

「そういうことだ。そしてそれから、協会は式神にした半妖を酷使し続けた。大きい戦いの時は常に半妖を最前線に配置し、どこに潜入する時も常に半妖を先んじさせ、特攻部隊兼地雷避けみたいな役割として半妖を扱った。人間より体も頑丈、妖怪よりも理性的、そんな半妖達は協会からの無茶な要求もなんとかこなしていた。ボロボロになりながらも」


 話をしている大黒も、話を聞いているハクも、どんどん顔を険しくしていく。


「無茶をこなした半妖には次の無茶が待っていた。そしてそれをこなす毎に要求のハードルは高くなっていったが、半妖はそれでも壊れなかった。想定以上の戦果を上げていく半妖に気を良くした協会の面々は人間と妖怪の結婚を推進し、さらに半妖を増やそうともした。その甲斐あってさらに半妖は数が増え、陰陽師協会は最盛期を迎えた」

「陰陽師の協会が半妖の力で最盛期を迎えるとはなんとも情けないことですね」

「全く同意見だ。それにだからこそ、最盛期は長く続かなかったわけだしな。半妖達もずっと不満は貯めていたんだ。どうして自分達だけがここまで過酷な環境に身を置かなければならないのかってな。けど、ほとんど自我も無い頃に結ばされた契約のせいで協会に歯向かうことも出来ない。そしてある日、そんな半妖達の前に救世主が現れた。協会とは全く関係のないところで産まれた、一体の半妖。それが半妖達の運命を大きく変えた」

「……一般家庭で産まれた半妖ということでしょうか」

「そう言われてるな。俺としてはそれよりも妖怪と結婚した陰陽師が協会に見つかる前に逃がした子供の可能性の方が高いと思ってるけど。まあ……、そこは今は関係ないか」


 自分の憶測を話しても余計な情報にしかならないと判断した大黒は、それを横において話を先に進めることにした。

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