第十五話 懸念

「ああ、この人は……彼女、いや妻……、……ハクはなんて紹介してほしい?」

「……では、パートナーで」

「じゃあそれで。というわけで俺のパートナーの……えーっと、……白井ハクっていう人だ。他の大学に通ってる人なんだけど、こっちの大学を見に行きたいって言われて連れてくることになったんだ」

「へー……、大黒くんにもそういう人がいたんだ……。しかもこんな……」


 相生は小声で呟いてハクを見る。


 スラッとした手足、切れ長の瞳、手入れが行き届いている長い黒髪、きめ細やかな肌。

 男も女も関係なく魅了するハクの美貌に、一瞬相生は見惚れてしまう。



 普段ハクがしている変化は、ただ耳と尻尾を隠すだけのとても簡易的なものだった。

 九尾の狐を伝承や絵画でしっている者は数いれど、実際のハクの風貌を知っている者は、酒天童子等の例外を除いて、現代にはいない。

 そのため簡易的な変化でも大した問題はなかったのだが、今では大黒家の前当主である大黒秋人にハクの姿を知られている。


 しかも純や藤の話を聞く限り、その大黒秋人が陰陽師界隈にハクと大黒真の噂を流している可能性が高い。


 そのことを考えると、銀髪や幼子といった特徴を晒したまま大黒と外出するのはいかにも危ない。

 だからハクは変化を使って、見た目を大幅に変えることにした。


 身長は大黒と同年代の女子に合わせて、髪は黒く、日本人離れしていた顔の造形は少しだけ日本人に寄せて、そうして出来上がったのが現在のハクだった。


『普段のハクももちろん最高だけど、今のハクも新鮮で最高だ』


 というのが、それを見た大黒の言であった。


「あっ、ごめんさない! こんな綺麗な人見たの初めてでつい言葉をなくしちゃって……、私は相生姫愛っていうの。大黒くんのー……お世話係? みたいなものかな」

「いや委員長、その認識はちょっと改めてもらいたいんだけど」

「どうも初めまして、白井ハクと言います。この人がどうやって学校生活を切り抜けているのかいつも疑問でしたが、貴女が手助けをして下さっていたんですね。ありがとうございます」

「ハクも何で俺が一人じゃ学校生活を全う出来ないと思ってんの? 委員長に助けて貰ってるのは事実だけど、さすがに一人でもそれなりに何とかやるよ?」

「あ、大黒くんちょうどいいから昨日のレジュメを渡しとくね。はい、どうぞ」

「これはこれは、委員長いつもありがとな」

「貴方その体たらくでよく何とかやるなんて言えましたね。恥という概念を持っていないんですか?」


 ちゃんと意識を取り戻した相生と三人で談笑していると、構内に一限の終わりを告げるチャイムが響き渡る。


 そこで三人の雑談は一時途切れ、相生は慌てて構内に駆け出した。


「やっば、もうこんなに時間経ってたんだ。ごめんね、私そろそろ行かなくちゃ! 大黒くんは確か四限だけだったよね? 彼女さんと仲良くするのもいいけど、授業には遅れないように。それじゃあねー!」


 大黒とハクが何かを言う前に相生は早口で捲し立てて、そのまま走り去っていった。


 二人は笑顔で手を振って相生を見送り、相生の姿が見えなくなったところでハクがスンっと真顔になって大黒に話しかける。


「受けるべき授業の把握までしてもらっておいて、本当によくあんな事が言えましたね」

「返す言葉もない……」

「あとなんですか白井ハクって。漢字で書いたら白井白ですよ、どれだけ私を白に染め上げたいんですか」

「そこに関しては許してほしい。あまりに咄嗟のこと過ぎて頭が回ってなかったんだ」


 ハクは大黒の命名した名字に文句をつけるが、大黒も大学にいる数少ない友人にまさか今のタイミングで会うとは想像もしていなかったため、適当になってしまったのだと弁解する。


 ハクも本気で責めるつもりではなく、大黒の申し訳無さそうな顔を見ると、ふぅとため息をついてその話を終わらせた。


「まあ、いいです。それよりも貴方、あの人にお世話になっているのならきちんと見ていてあげてくださいね」

「見るって何を……」

「……貴方のその発言で貴方の感知能力の鈍さもよく分かりました。相生さんのことは帰ってから話しましょう。今は貴方では到底見つけ得ない研究所とやらを探すのが先です」

「言葉の節々に棘があって痛いんだけど、自覚してることではあるけどさ。……そうだな、委員長の事も気になるけどとりあえずは研究所を探して周りで何が起こってるかを知っておこう」


 大黒とハクは新たに出た懸念を先送りにして、まずは本来の目的を果たすことにした。


「どんな感じで探す予定?」

「最初はぐるっと学校を一回りですかね。建物の構造を全て分かっていた方が探しやすいので」


 ハクの言葉を聞いて大黒は目の前にそびえる大きな学校に目を向ける。

 教室だけでも半端ではない数があり、教授の研究室やサークル棟まで含めると、もはや部屋の数は数え切れないほどある。

 それらを全て見ていくとしたら途轍もない時間をくいそうだ、と大黒は気が遠くなった。 


「……これを一回り、か。委員長には悪いけどとても四限には間に合いそうもないな」

「別に貴方がいる必要は無いんですよ? いたところで役に立たないんですから。なので時間になったら貴方は気兼ねなく授業に参加してきて下さい」

「何を言うんだハク! こんな大学生の群れがいるところでハクを一人にさせられるものか! 大学生の男なんてのは遊びと女にしか興味のないケダモノばっかりなんだ! ハクみたいな美女が放っておかれるはずがない! 俺がいないと!」

「失礼ですよ、それでは大学生の男性が全て貴方みたいと言ってるようなものじゃないですか」

「失礼なのはそっちだと思うんだけど!?」


 大黒は心外だ、と叫びながらハクの手を引っ張って構内に入っていく。


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