第十三話 未来

「……私も分かっています。私のせいで私の周りは不幸になる。貴方がいつも傷ついているのも、磨が死んだのも、原因は全て私にあります。だから本当なら貴方が責めるのは自分じゃなくて私のはずなんです」

「別に、ハクが何かしたってわけでもないのにハクのせいって言うのはおかしいだろ。ハクに何かしようとしてる奴がたまたま多いだけだ」

「いいえ、私は今までの歴史の中でそれだけのことをしてきたんです。その辺りのことは貴方と出会った日にも話したでしょう?」

「…………」


 言われて、大黒はハクと初めて会った日に聞いたハクの過去のことを思い出す。

 時の王達の乱心を引き起こすハクの性質、そして王を諌めなかった自分を共犯だと告げたハクの言葉。

 きっと大黒がどれだけ言葉を尽くしても、そのことに対するハクの罪の意識は消えない。それが分かっていた大黒はそれ以上何も言うことが出来なかった。


「……私は怖かった。私のせいで貴方が傷つくことではなく、私のせいで貴方が変わってしまうのではないかということが怖かった。あの人達みたいに、私以外はどうでもいいって言うようになるのではないかといつも不安でした。どうしようもない状況でも子供を救えなかったことで心を痛められる優しい人……、私はそんな貴方に変わってほしくありません。――――貴方は私と一緒にいるには甘すぎます」


 ハクは泣きそうな顔で笑う。


「……ハク。まさかこのまま別れる、なんて言い出さないよな?」


 自分と一緒にいたら大黒は変わってしまう。だから自分はもう大黒と共には歩めない。

 そんな別れ話を切り出されるのではないかと、大黒は不安になる。

 だが、ハクは大黒の不安を消すようにゆるゆると首を振る。


「少しだけ、そう考えていた時期もありました。ですが、私は貴方が思っているよりもずっと我儘なんです。好きになった人から身を引くなんて私には出来そうもないんです。だから貴方も私のことが好きなのならここで誓って下さい」


 ハクは両手で大黒の頬を挟み、大黒と真正面から向き合う。


「私の大切に思っているものは私と一緒に守って下さい、貴方の大切に思っているものは私も一緒に守ります。私に害をなすものから私を遠ざけて下さい、私も貴方に害をなすものは貴方に近づけさせません。いつか私が変わってしまった時は貴方が引き戻して下さい、貴方が変わってしまった時は私が全力で貴方の目を覚まさせます。共に助け合って、共に支え合って、共に泣いて、共に笑って……そうやって私は優しい貴方と一生を過ごしていきたい。……それが私の幸せです、貴方は私を幸せにしてくれると誓ってくれますか?」


 プロポーズとも取れる言葉を出したハクの瞳は、とても真っ直ぐとは言えなかった。

 不安に、期待に、怯えに、自信に、様々な感情で揺れていた。

 そして揺れていたのは瞳だけではなく、大黒に触れている指もハクの意識していない内に震えていた。


 その震えを直に感じていた大黒は、悩む間もなく答えを出す。


「誓う。俺はハクが好きだ、そしてハクが今の俺を好きだと言ってくれるのなら、俺は今の俺のままでハクと一生を添い遂げよう。変に気負わず、自然体のままでハクの傍に居続けるよ。……だからそんな泣きそうな顔をしないでくれ、俺まで泣きそうになる」


 大黒はハクを強く抱きしめる。

 自分の存在をハクに刻みつけるように、ハクの存在を自らに焼き付けるように。

 ハクの傍から離れないということを、言葉だけではなく行動でも示した。


 その想いは、ハクにもちゃんと伝わっていた。


「……さっきも言いましたが私は我儘ですよ?」 

「今日まで知らなかった、これからは遠慮せずもっと言ってきてくれ」

「……今までよりも、もっと沢山の不幸が貴方にふりかかるかもしれません」

「ハクと出会ってから、俺は自分を不幸と最も縁遠い人間だって思ってる」

「……きっと辛い思いをすることになります」

「万が一、辛い思いをしたとしてもハクと一緒ならきっと乗り越えれるさ」

「……ふふっ、そうですね。私も貴方と一緒なら乗り越えられる気がします」


 大黒の想いに応えるようにハクも大黒の背中に手を回し、ぎゅっと力を入れる。


「いつか、貴方の過去も教えて下さい。貴方にとっては忌々しいものかもしれませんが、貴方が私を知りたいと言ってくれたように私も貴方のことを知っておきたいんです」

「聞きたいなら今から話してもいいけど、……聞いてて楽しい話じゃないぞ?」

「ええ、でしたら余計に。貴方の背負っているものを一緒に背負って、私もこれからを生きていきたいので」

「あー……じゃあどこから話そうかな……」


 二人はお互いの体温を感じながら、今まで話せていなかったことを話し出す。


 そこには遠慮も壁もなく、お互いのことを想い合っている二人の男女だけがあった。

 長い、長い話をしながら、二人はこの相手と一生を過ごしていこうと改めて心に誓う。

 誰よりも大切な目の前の相手といつまでも――――。

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