第十話 麒麟
「ありゃ傑物だな。先天的なものか後天的なものかは知んねぇが、人間の枠からはみ出てる。俺もまだ死ぬわけにはいかなくてなぁ、あいつに会うのは避けたんだ」
「……俺からしたらどっちも化け物だから分からないんだけどさ、二人にそんな差があるものなのか? お前だって長いこと生きてるんだったら昔よりも強くなってるだろうし、死を覚悟しなきゃならないって程でも無いと思うんだけど」
大黒は腕を組んで首をひねる。
妖怪が強くなる方法にはいくつか種類がある。
そのうちの一つが霊力の高い人間や妖怪を食べることだ。食べれば食べるほど、その妖怪の霊力の最大値は増幅していく。
そして鬼とは妖怪の中でも食うことに特化した種族の一つであり、千二百年も生きていればそこら辺の陰陽師や妖怪には間違っても遅れは取らないくらい力を付けているだろう、と大黒は考えていた。
実際茨木童子は断食などとは縁遠く、酒天童子のように食事制限をしていた時期もない。そのため
だが、そんな茨木童子をもってしても刀岐貞親は負けを勘定に入れなければならない相手であった。
「確かに何も出来ずに殺されるってことはまず無いだろうがなぁ。兄貴を倒したのがあいつだけだったら、あいつに話を聞きに行こうともしただろう。けどなぁ、俺は余計なリスクは背負いたくねぇんだ。お前の言う通り俺も強くなった、昔の兄貴と同じくらいにはなぁ。それでもあいつを圧倒出来る自分は想像出来なかった。負ける勝負は、死ぬ可能性のある死合はしたくねぇんだよ」
「それもこれも仲間の望みを果たすため、か?」
「そうだよ、分かってるじゃぁねぇか。まだまだ果たせてない望みが山程あるんだ、避けられる危険は避けていきてぇ」
茨木童子は理解してもらえた嬉しさからか、にぃっと笑う。
「……ま、気持ちは分かるよ。俺も自分のやると決めたことをやりきるまでは死ねないと思ってるし」
「話が分かるなぁ、嬉しくなるぜぇ。どうだ、連絡先でも交換しとくか?」
「男にナンパされても嬉しくないからやめてくれ。とにかく、あっちに話をする気もなくて、こっちの話も聞き終わったなら俺にはもう用済みだろ。そろそろ帰らせてほしいんだけど。委員長……さっきの女の子からも心配のラインがめちゃくちゃ届いてるし」
大黒はスマートフォンのアプリのアイコンに表示されている、未読三十件の表示を見て苦笑いする。
「あぁ、悪かったなぁ。タイミングの悪いときに来たみてぇで。けど、最後にもう一つだけ聞きたいことがあるんだがいいか? もうそんなに時間は取らせねぇ」
「『茨木童子』に訪ねられたいタイミングなんて俺の人生に存在しないけどな。いいよ、一つだけだろ? ここまできたら聞かないのも気になるし」
「助かる、まぁ本当に一瞬で終わる話だ。ちょっと探してる妖怪がいてなぁ、炎駒っつう妖怪なんだが知らねえか?」
「炎駒ってあの麒麟の?」
麒麟。
古代中国において四霊獣と呼ばれた動物の長の一角を担う妖怪。
見た目は龍のような顔をした四足歩行の獣で、頭には角が、背中には鱗がある。
太平の世にのみ現れ、仁徳のある王や統治者の前にのみ姿を見せる瑞獣と言われている。
そして麒麟には五行に応じた五つの種類がいる。
木に属する青い鱗を持つ『
火に属する赤い鱗を持つ『
土に属する黄色い鱗を持つ『
金に属する白い鱗を持つ『
水に属する黒い鱗を持つ『
この五種類の中で麒麟の名こそが一番世に広まってはいるが、実際は五体とも同格の存在であり、人間や普通の妖怪とは一線を画する生き物である。
「あぁ、風のうわさでもなんでもいい。とにかく炎駒に関わる話を持っちゃいねぇか?」
「なんでもいいって言っても……。さすがにそこまでいくと教科書でしか知らない存在だからなぁ。俺は麒麟を見れる程偉い人間でもないし。ていうか麒麟に会いたがるなんてどういう風の吹き回しだ? 接点が全く分からないんだけど」
「ま、ちょっと因縁があってな。知らねぇんならいいんだ」
大黒の質問に茨木童子は言葉を濁す。
大黒としても気にならないと言ったら嘘になるが、深堀りをしたらそれこそやぶ蛇になると思い、追求するのをやめた。
「そっか。じゃあこれ以上聞くのはやめとくよ。紅茶、ごちそうさま。最初は不安だったけど案外楽しい時間を過ごせたよ」
大黒は荷物を持って立ち上がり、店から出る準備をする。
「そりゃあ良かった。物は相談なんだが、やっぱり連絡先交換しねぇか? お前も陰陽師なんだったら、このさき炎駒の話を聞くこともあるかもしんねぇしその時は教えてほしいんだ」
「…………俺は正確には陰陽師じゃないんだけどな。期待に添える気はしないけど一応しといてもいいか。代わりと言っちゃあなんだが、出来れば俺の知り合いは食わないでくれないか? 見知らぬ他人がどうなろうとどうでもいいけど、さすがに知り合いが妖怪に食われるのは忍びない」
大黒はスマートフォンを取り出しながら、茨木童子が相生に向けていた目を思い出し、交換条件をつける。
「分かったよ、あの女は美味そうだったが仕方ねぇ。お前の匂いがする奴には手を出さないでおいてやる」
「約束だぞ? 破らないでくれよ? マジで頼んだからな?」
「しつけぇな。……大丈夫だよ、なんせ俺はあの酒天童子の右腕だった男だ。約束を違えるような真似は死んでもしねぇ」
か、か、か、と茨木童子は大口を開けて笑う。
その言葉に大黒も安心して、連絡先を交換した後は何の憂いもなく店を出る。
そして考えるのは茨木童子の信念の話と、ハクとの現状。
喫茶店から自宅までは十分弱。その間に改めて考えを纏めよう、と大黒は頬を叩いて気合を入れる。
自分とハクの
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