第九話 虚言

「……どうにも、お前と話してると鬼っていう妖怪へのイメージがおかしくなってくるな。鬼ってのはもっと粗野で乱暴でいい加減な種族だと思ってたよ」

「か、か、か。俺だって自分がズレてるってのは自覚してるがなぁ、こんなもんは別に個性の範囲内だろうよぉ。人間だって色んな奴がいるし、お前も陰陽師ん中じゃあ外れものだった口だろ?」

「それもそうだな。じゃあまあ散々話は聞かせてもらったし、そろそろそっちの望み通り酒天童子の話をしてやるよ。もう大分前の事だから上手く語れる自信は無いけどな」


 そう言って、大黒は酒天童子との戦いを語りだす。


 何を見て、何を話して、どう戦って、どう散っていったか。


 思い出せる限りを思い出して、大黒が知っている酒天童子の一挙手一投足を事細かに語っていく。


 茨木童子はたまに相槌を打つくらいで、静かに大黒の話に耳を傾ける。

 兄と慕った者の末路を、千二百年ぶりに再開した同胞の最期を、一言も聞き漏らさないように集中して聞き入っている。


 そうして茨木童子が次に口を開いたのは、大黒が事の顛末を話し終えた後に注文したコーヒーが席に届けられてからだった。


「……全く、最期まで正々堂々なんて兄貴も本当に変わっちゃいねぇなぁ」


 茨木童子は二杯目のコーヒーを飲みながら、酒天童子の最期を笑って受け入れる。

 

「酒天童子は昔っから、なんと言うか……ああいう真っ直ぐなタイプだったのか?」

「あぁ、そうだなぁ。一日一食なんて修行僧みてぇな決め事こそしてなかったが、どんな奴に対しても正面からぶつかり合ってたさぁ。闇討ち、不意討ち、だまし討ち、なんてことは欠片も頭になかったんだろうなぁ、兄貴には。『鬼に横道なし』、それが昔も今も変わらない兄貴の信念だったんだろうよぉ」

「……その信念のおかげで俺は生き残れたから良いんだけど、死んでも信念を守るなんて俺には真似できないな」

「か、か、か。別に真似する必要もねぇだろ。兄貴には兄貴の生き方が、お前にはお前の生き方があるんだからなぁ」


 一人と一鬼は世間話でもしているかのように談笑する。


 茨木童子は大黒本人の口から酒天童子の最期を聞いても、何のわだかまりもなく大黒に接している。

 大黒も本来なら茨木童子が自分に接触を図ってきた目的を果たさせたことで、胸を撫で下ろしてもいい場面であった。


 だが大黒は、酒天童子の話に一つだけ嘘を交えた。


 その嘘をついたことで、現在の大黒は酒天童子の話をする前よりも些か気を張りながら会話をしていた。


(疑う素振りも無いな……。気付いていないのかそれとも気付いていながら泳がせてるのか。話に矛盾は生じさせてないはずだし、気付いてないことを願うけど……)


 大黒は茨木童子の様子をつぶさに観察しながら、嘘がバレないことを祈る。


 大黒がついた嘘とは酒天童子が大黒と戦いを始めた理由、つまりは大黒が九尾の狐であるハクの関係者だという部分であった。

 たった数十分の間の会話だが、その間に知った茨木童子の内面に大黒は好感を覚えていた。

 そのため、大黒も出来る限り誠実に接したいとは思っているのだが、ハクのことだけはどうしても明かすことが出来なかった。


 茨木童子は酒天童子が他人に託してもいいと思える望みを持っていたのなら、手向けとしてそれを叶えたいと話した。

 一回戦っただけの大黒では、酒天童子の望みを推測することは出来ない。

 しかし酒天童子がハクに執着を持っていたことだけは確かで、それを茨木童子が聞いた時どう動くかは予想もつかない。


 だからこそ大黒は、酒天童子は元陰陽師としての高い霊力を持つ自分に興味を持って勝負を仕掛けてきたと話した。


 今の所、茨木童子は大黒の話に不審な様子を感じた気配は無いが、大黒はその内感づかれるのではないかと思いながら慎重に会話を進める。


「一応、俺から話せる酒呑童子の話は終わったけどこの後どうするんだ? 俺じゃないもう一人の方にも話を聞きに行くのか?」

「あぁ、そりゃねぇな。お前が話してくれたことで十分だし、無理にあっちに話を聞こうとしてやぶ蛇になっても面倒だしなぁ」

「やぶ蛇って……」

「あいつと戦うのは嫌だってことだ。……実はな、俺が最初に探してたのはお前じゃなくてあっちの方なんだよ」

「へぇー、じゃあ何でわざわざ俺の方に来たんだ?」

「あぁー……、言っちまえばお前の方が弱そうだったから、だ」


 茨木童子は少し気まずそうに目線を逸らす。


「いやもう中途半端に気を遣われるのが一番傷つくよ。そこまで断言するならもっと堂々とした態度で言ってほしい」

「お前の方があいつよりも俺よりも弱いからだ」

「二度言えってことじゃねぇよ!」


 改めて言い直された言葉にショックを受けながらも、その内容自体は大黒も分かっていたことなのでそれ以上突っかかることはしなかった。


「そりゃ俺はお前らよりも弱いけど、弱いから狙ったなんて言うと茨木童子の名が泣くぞ」

「勝手に泣かせとけばいいんだよ、んなもんは。……ぶっちゃけると俺は兄貴の話を聞かせてくれって頼みを断られたら、最悪実力行使に出ようと思ってたんだが」

「ちょっと待ってくれ、割と聞き捨てならない言葉が……」

「遠目であいつを見た時、俺の本能が警告してた。そんなことをしたら死ぬのはこっちだってなぁ」


 茨木童子が力を振るう可能性もあったと知って大黒は狼狽えたが、茨木童子は気にせず話を続ける。


 



 

 

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