壊れゆく日常編

第一話 序章

 京都駅近くの繁華街から数本道を跨いだ場所にあるマンションの一室。

 家主に許可された者以外は出入り出来ない結界で覆われたその家には二人の男女がいた。


「…………」

「…………」


 二人は一緒の食卓を囲み同じ朝食を食べているが、二人の間に会話はない。

 

 つい先日まで一緒に暮らしていたもう一人の存在、その人物がここにいない事実が二人の口を重くしている。


 自らの恋のために他の全てを捨てた元陰陽師も、元陰陽師に絆された九尾の狐も、大切な者がなくなったことで負った心の傷は容易には塞がらない。


「……ごちそうさま」

「…………」


 磨が死んで一週間、その間ずっと最低限しか言葉は交わさず、笑顔が溢れることもない。

 ただただ機械的に日々を過ごす、それが今の二人の日常となってしまっていた。


 家の中には磨がいたという痕跡が残っている。家のどこにいても磨との思い出が蘇る。

 磨のために用意した家具も、磨が使っていた勉強道具も、磨と遊んだゲームも、その何もかもが二人の心を締め付ける。


「……やっぱ写真くらい撮っといた方が良かったな」


 朝食を食べ終え、自室で大学に行く準備をしていた大黒は磨と寝ていたベッドを見ながらポツリとこぼす。


 それでも、これは自分がした選択だ、とすぐに思い直し頭を振る。


(過去は振り返らない、前だけ向いて生きていくって大黒家を出た時に決めたはずだ。……自分がどんな人間であろうと、これから変わっていけばいい。……そのはずだ。そうしたらいずれ、ハクとだって前みたいに話せるようになる)


 磨のことが頭をよぎる度、大黒はこうして自分に言い聞かせる。


 間違っても、九尾の狐と生きていく決断をしたことを後悔しないように。


 そして準備が整った大黒は玄関の扉に手をかけていつもと同じ言葉を出す。



「いってきます」



 ――――それに応える者はいないと分かっていながら。


 


 

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