第二話 昼食
「ねぇ……、最近元気ないけど大丈夫?」
「え? ……ああ、まあちょっとテンション下がることはあったけど、そんな気ぃ使ってもらう程じゃないから大丈夫大丈夫」
午前の講義が終わり、昼ご飯を食べるために食堂に行こうとしていた大黒を相生が呼び止める。
大黒はそれに多少上の空になりながらも、ちゃんと返事をする。
「でも……、あ、その前にご飯だよね。大黒くんが良ければ一緒に食べようよ。私も今日は約束ないし」
「了解、じゃあ食堂行くか」
二人は並んで食堂に向かう。
大黒達が講義を受けていた教室と食堂は同じ建物内にあったため、二人は特に世間話をする間もなく食堂に着いた。
そして大黒はきつねうどんを、相生はカツカレーをそれぞれ頼み席についた。
「いやー、やっぱりお昼時は混んでるねぇ。食堂来るのも久しぶりだから懐かしさを感じるよ」
「ま、委員長はいつも弁当持ってきてるもんな。とりあえず二人分の席を取れただけでもラッキーな方だよ。普段だったら一人用の席を確保するのすら出来ない時があるし」
「へー、そういう時はどうしてるの?」
「委員長とかと一緒だよ。そこら辺の空き教室に入って食べてるだけ」
他愛もない会話をしながら二人は食事を進めていく。
大黒の言う通り、食堂に用意されている席はもう一つ残らず埋まっていて、後から来た生徒たちは注文したご飯を受け取ると皆食堂から出ていっていた。
それだけの人数がいる食堂は喧騒が凄まじく、必然的に会話をする時も普段より少し大きな声を出さなければいけなくなる。
「ていうか委員長が弁当じゃないなんて珍しいな。寝坊でもしたのか?」
「うーん……まあ、そんなとこ。ちょっと最近夢見、というか寝付きが悪くてね。でもでも、珍しいで言うなら大黒くんの方がよっぽど珍しいよ。いつもだったら一限はほとんど来ないのに最近は一番乗りだし」
「あー……、俺も寝付きが悪いって感じでさ。中々熟睡できなくてすぐに目が覚めるんだ。蒸し暑くなってきたからかもしれない」
「いや、冷房はつけてるよね? だったら部屋の中は快適なはずなんだけど……」
「……エコの精神にも目覚めてな。この夏は冷房を使わずに生きていこうと決めてるんだ」
大黒は相生から目をそらして明後日の方向を向く。
「絶対嘘だね! 去年とか『冷房の温度は19度が最適だよなー』とか言ってたし! そんな人が急に変わるわけないよ!」
「っかしいなー、そんな地球に優しくないこと言った記憶無いんだけどなぁ」
「いーや言ってたね。確か去年の六月三日、時間は今と同じ二限終わりの昼休み、場所は確か……」
「怖い怖い怖い、何でそこまで覚えてるんだ。冷房の話って委員長にとって地雷か何かだった?」
相生が最後まで言い切る前に大黒は話を遮った。それ以上聞くと、今後相生を見る目が変わってしまうかもしれないと判断してのことである。
「……地雷はむしろその後の会話だったね」
「え、俺そんなヤバいこと言ってたっけ」
「…………実は六月三日って私の誕生日で、冷房の話をした後に大黒くんが私の誕生日を覚えてないって話をしたんだ」
「あー、あー、あー……、お、覚えてる覚えてる。いやー、なんかもう当たり前の知識過ぎて今更話題に出すことも無いなって思ってさー……」
「……ちなみに私の誕生日を教えるのは今年で四回目、そして去年も一昨年も大黒くんは今と全く同じ反応をしてたよ」
「……………………」
薄暗い笑みを浮かべる相生に、大黒はもはや閉口する他なくなった。
しかし相生はカツカレーの最後の一口を食べ終えると、先程までの陰鬱な笑みが嘘だったかのようにパっと表情を明るくした。
「ごめんごめん! 冗談だよー、ショックではあったけど怒ってはないから! よく考えれば、ゼミ生の名前すらほとんど覚えてない大黒くんが私なんかの誕生日を覚えてるわけもないしねっ!」
「本当に怒ってない? 所々語気が荒い所があるんだけど」
以前相生の名前を覚えていなかったという前科がある大黒は、その時のことも一緒に責められているのではないかと思い、つい腰が低くなる。
「大丈夫だって。それより、さ、大黒くんこそ本当に大丈夫? さっきから一口も食べてないみたいだけど……」
「あ……」
相生は大黒が持つ箸の先を指差して言う。
そこには席に座ってから一度も手を付けられておらず、少し麺が伸びてしまったきつねうどんがある。
そこまで話ばかりしていたわけでもなく、本来なら相生のように一食食べ終えてもいい時間。そんな時間があったにも関わらず大黒はうどんを口に運んでいない。
それを見かねた相生はそのことを指摘したが、それでも大黒の箸はほとんど進まなかった。
「うーん……、なんか食欲がないみたいだ。それもこれも暑さが原因だな、やっぱり。俺は食堂の気温が20度を下回らないと飯が喉を通らない体質なのかもしれないなー」
大黒は『はっはっは』と笑うが、相生の顔は変わらず不安そうなままだった。
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