第肆拾壱話 召喚
人間が妖怪へと変化する時、そこには負の感情が介在している場合が多い。
恨み、嫉み、妬み、そして怒り。
それらの感情が人間の身では抑えきれぬ程膨れ上がった際、何らかの外的要因が加わると人間は容易く魔に落ちる。
大黒にとっての外的要因とは純から受けとった妖化薬。
しかし、それだけでは大黒が妖怪に成る確率はそれ程高くはなかった。
そこにハクが拐われたという大きな怒りがあってこそ、大黒は妖怪へと変化した。
そして妖化薬は元々純が呪いの開発をしている時に出来上がったものであり、その性質は薬よりも呪いに近い。つまり、呪いが解けない限りその効果は永遠に体に残り続ける。
そこから出来上がったのが大黒真という人間と妖怪の間を行き来する半端な存在。
今の大黒は臨界点を超えた怒りを抱えると妖怪に成り、力を使い果たすと人間に戻るという唯一無二の個体へと成り果てた。
大黒自身二回目の妖怪化でようやくそのことを自覚した。
だが藤は、初めて大黒の妖怪化を目にしたにも関わらず、その特異性をすぐに見抜いた。
妖怪化した大黒を爛々とした目で見つめる藤は、歪んだ頬と相まって大黒よりも妖怪らしい姿をしていた。
「素晴らしいっ……! いつからだ? 君は一体いつからそんな体になった? さっきまでの君は確かに人間だった! しかしどうだ! 今の君は純度百パーセントで妖怪だ! 先祖返り? いいや、君の家は代々陰陽師だったはずだ。この土地にだって君が妖怪に成る要因はないだろう。つまり、君のそれは今この瞬間に初めて起きたものじゃなく、既に経験済みのものなのだろう。君の瞳にも驚きが見られないしね」
藤が息を荒げながら語っていることには反応せず、大黒は地面に寝かせた磨の周りを結界で囲う。
「ああ! 気になる! 君に何が起こったのかが! 何が起こっているのかが!! その子のことは謝るから教えてくれないか? その体になった経緯と人間に戻る条件や妖怪に変化する条件を。あわよくば少しだけ実験に協力してほしい。実験と言っても危険なものじゃなく安全な治験レベルのものさ。そうしてくれたら九尾のことも後回しにしよう。どうだい? 悪い話じゃないだろう?」
「……ちっ」
大黒は藤の言葉には答えず、公園の周囲に人避けの結界張りながら舌打ちをする。
結界を張り終えた大黒は右手に霊力を纏わせた木刀、霊力で形作った左手には護符、と腕を失くす前の戦闘スタイルで藤に相対する。
「ペラペラとよく回る舌だな。さっき顎の骨を砕けなかったことが悔やまれるよ」
「……随分と攻撃的だね。まあ、仕方のないことかもしれないけど。昔から君は自分とその周りを害する者には容赦がなかったからね。でもとりあえずは僕のお誘いに対する返事が聞きたいな。イエスかノーでいいんだけど」
「分かりきってるだろ。そんなもん……」
瞬間、藤の目の前から大黒の姿が消える。
「ノーに決まってる」
「……!」
背中から大黒の声が聞こえたと同時に、藤は振り向きざまに飢餓ノ剣を振るう。
藤の反撃は大黒も予想していたのか、大黒は即座にしゃがみ相手の刀を避けると、木刀で藤の足を狙った。
そして大黒が藤の足を切り落とそうとした直前、
「『野槌』」
藤の声を合図に頭上に何かが降ってきて、大黒は後退を強いられた。
式神契約を交わすメリットの一つとして、陰陽師が式神である妖怪を喚んだ時、妖怪の意思も物理的な距離も関係なくその場に召喚出来るというものがある。
その効果は絶大で、陰陽師が特殊な結界に囚われてでもない限り、コンマ一秒とかからず妖怪は陰陽師の元へと馳せ参じる。
今回藤が喚んだ式神は野槌、目も鼻もない太い胴を持った蛇のような妖怪。
見た目の特徴こそ以前大黒が倒したものと同じだが、その体躯は以前のものの倍もあり、醸し出される威圧感は本当に同じ種族なのか疑いたくなるほどだった。
神にも類する妖怪野槌、それは今の大黒の力を持ってしても楽には倒せない敵である。しかし大黒は野槌そのものよりも、野槌が現れたことによって作り出された状況こそを厄介に思っていた。
(くそっ、目を離さないよう気を付けてたのに野槌が目隠しに……!)
そう、大黒の眼前にいるのは野槌だけであり藤の姿は影も形も無くなっていた。大黒がいくら目を凝らしても近くにいるはずの藤が視認出来ない。
隠行を極めた藤は、一瞬でも相手の視界から外れることが出来ればもう姿を補足されることはない。
そうなればもういくらでも逃げられるし、どこからでも攻撃が出来る。
藤が野槌を召喚したのは大黒の攻撃から身を守るためでもあったが、穏行する間が欲しかったというのが主であった。
姿が見えない藤、その上藤の手には一太刀でも食らえば致命傷になる四級呪具がある。通常であればすでに勝負は決したとも言える状況だった。
(自分を結界で囲ってもその内側に入られてたら最悪だ。それに我慢比べをしてる内に妖怪化が解けないとも限らない。だったら……)
だが幸いなことに大黒には姿の見えない敵に対するなす術があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます