サバイバーショット

青鷺たくや

第1話

サバイバーショット


1980年代後半、今では高齢化が進む団地にもこの時はまだ黄色い声が溢れかえっていた。第2次ベビーブームというやつだ。


 小学生までは近所の野球チームに入っていた僕も中学生になると、野球部は丸刈りにする、という不文律のせいで野球をやめてサッカー部に入った。しかしもう当然その年齢になるとみんなサッカーの技量が上手くとてもついていける状況じゃなかった。僕は早々とサッカー部をドロップアウトし、帰宅部になって毎日怠惰な生活を送っていた。


 同じような輩はほかにもたくさんいるもんだ。


大沢はその1人でザ・帰宅部のリーダー的存在だった。プラモデルが上手で、絵もイラストも上手、機械いじりもお手の物だった。


そんな大沢の団地の家の下には不思議なほど同じような輩が集まってたむろしていた。


スケートボード、ローラースケートなどをしてはペプシを呷っていた。外にはラジカセを持っていき、ビ―スティーボーイズやマイケル・ジャクソンなどを聞いていた。

















 そんなある日、僕らが中2の夏だった。


いつものように放課後、大沢の家の下に集合すると大沢があるものを手にとって現れた。


「ジャーン、サバイバーショット、買っちゃった」大沢が自慢げに言う。


「なにそれ? エアガン?」


「違うんだな、赤外線で相手を撃ちとる光線銃さ」


「すげえ、見せて見せて」みんなが集まる。


それはマシンガンに似た銃で、彼お得意の塗装術でガンメタリックに塗られていた。


「この銃の方はサイコブラスターといってね、赤外線の光線が無色でとび放たれる。まあ、射程距離は100メートルかな。」大沢の説明は続く。


「すげー、それでそれで?」


「この銃から出ている有線の先にあるサイココンバーターを頭に装着するんだ。」


たしかに銃からは黒いビニール線のようなものが出ていてその先には頭に回して付けるベルト状のものがあり、さらにベルトの一部に筒状のものが付着されていた。


筒は先に赤い点灯ランプがついており、その下には赤い○状のランプも装着されている。


「サイコブラスタ―から放たれた赤外線が敵の赤い○に当たるとこの頭のサイコインバーターに内蔵された振動装置がゴロゴロ振動して『あなたは撃たれました』と警告してくるわけさ」


「すげー、死んだってことだな」


「いや、3回の命がある。1回当たるとランプはピッピッピだが2回目以降はピーピーピー三回目はピピピピピだ。もちろん音はしないけどね。4回目には光が消えてゲームオーバー」大沢は手短に説明した。


 


要は孫悟空だ。悪いことをすると頭の輪っかが引き締まって孫悟空が呻く緊箍児きんこじの要領だ。


「たださあ、これ2組1セットで売られているわけよ、いまのところ2人でしか撃ち合いができないんだ」大沢は君たちも買え、とばかりに嘆いている。


「そっか、早打ちガンマンしかできないね。」誰かが呟く。


「まあ、試しにやってみよ」


ガンマン対決に選ばれたのは最近ギターを始めた瀬戸だった。


二人はサバイバーショットを装着し、背中合わせになる。


「ようし、1,2,3、で早撃ちだ。」


 全員に緊張感が走る。


1,2,3、ガシューン!


(ジュルル、ガリガリシュイ―ンシュイ―ン)頭の振動装置が鳴り響く。


「うわああああーやられた!痛え、痛え」瀬戸が必死になって頭を押さえる。


やはり大沢の勝ちだ。さすが持ち主、この手の勝負に大沢はもってのほか強い。


瀬戸の頭の赤いランプが点滅し始めた。


「面白えー、俺も、俺も、やらして」みんなが群がった。


 





その後、みんなが大沢に早撃ちを挑んだ。


1,2,3、バーンの早撃ちには、結局、誰も大沢には勝てなかった。


「これさ、みんなが持っていれば、サバイバルゲームとかできちゃうね」


「やろう、やろう、俺1セット買うから瀬戸半分金出せよ」半グレ田中が言った。


「うん,俺も欲しい」僕も名乗りを上げた。


こうして8人のどうしようもない馬鹿男子たちはサバイバーショットの購入を決めた。


1台でも当時は7,8千円したと思う。なけなしの小遣いをはたいて・・・。





 




















かくしてサバイバーショットを手に入れた8人は、大沢の家の下2街区16号棟に集合した。


僕ら8人は実戦に向けて、サバイバーショットに改造をくわえた。銃が出るときのゴシューンという音を切ってしまったのだ。その方がより居場所を撹乱しやすいし近所迷惑にもならない、という理由だ。


8人誰が生き残れるか、まさにサバイバルゲームの始まりだ。


時間は夜8時集合。昼間では敵の姿がすぐにわかってしまうし、夜の帳の中の方が相手の赤色灯が見易いのだ。。


 ベースは大沢の家の2街区16号棟の前。3つの命を落としたらここに集合だ。


「ほんじゃ、いくぜ! よーいドン!」


みんなが一斉に16号棟の前から走り去った。


 

















これから1時間途方もないかくれんぼが始まる。ポケットにはより雰囲気が出るように天狗ブランドの干し肉が配られた。どこいても食料になる。戦地のようだ。


 エリアは2街区16号棟付近。あまり離れていても敵を撃つことができないからだ。

3回撃たれてゲームオーバーになった者は16号棟の前でゲームの終了を待つ。さて誰が生き残れるか?



最初の10分はまだ撃ちあい禁止と決めた。所定の位置に隠れるまで時間を空ける。


僕はひたすらに16号棟を離れた。32号棟あたりの団地の芝生に椿の生垣がある。

その裏に大きなコニファーの木があってそこに身をひそめた。暗闇の中うつ伏せになって目線を凝らす。


虫の音に混ざって蚊の鳴く音が容赦ない。

(糞!黒の半そでTシャツは失敗だったか。)


銃口を暗闇に構えてひたすら赤色灯を探す。



















10分経過。一向に敵のランプが見当たらない。もしかしたらエリアから離れすぎているのかもしれない。


僕はだんだんと不安になてもうちょっとベースに近づくことにした。


椿の生垣をかいくぐって素早く道路を横断してつつじの生垣をひょいと飛び越す。


そしてすばやくうつ伏せに。近くにあるクチナシの花の芳香が鼻をくすぐる。


その時だった。その号棟の芝生庭の向こうで暗闇にぼんやりと赤い光を発見!


僕は照準を合わせロックオン、トリガーを引いた。


遠くの方で(ジュルル、ガリガリシュイ―ンシュイ―ン)命中! もちろん誰だかわからない。


(やった!)


僕は反撃にあわないようその場を去る。今度は紫陽花の群生する芝生の庭に身をひそめる。


ようやっと暗闇にも目が慣れてきた。月明かりと電柱の光だけが頼りだ。


僕はしばらくそこにとどまった。見渡しがいいのだ。それに1発目での成功が僕を有頂天にさせた。しかしその時だった。


(ジュルル、ガリガリシュイ―ンシュイ―ン)僕がやられた。どうやら見渡しがいいのは逆に考えれば格好の餌食になっていたのかもしれない。頭が痺れる。

 









退散だ。残りの命は2つ。大切に使わねばならない。道路を這いつくばっていると、通りの向こうから女子の話し声の一団が迫ってきていた。


(まずい! 長谷川さんたちだ、)僕はとっさに判断した。塾の帰り道なのであろう。


長谷川さんは僕の一番のタイプの子。女子バスケット部の部長でアイドルのような顔をしていた。好きだなんて死んでも告白できなかったけど。


「やだ、あそこになんか変な人が這いつくばってる!」


「あれ直人君じゃない?」女子の取り巻きが僕の名を言い当てた。


僕はとっさに這いつくばるのをやめて普通に道を歩いた。


「やあ、女性陣、ちょっとした遊びでね」僕は懸命にその場を取り繕おうとした。 


(ジュルル、ガリガリシュイ―ンシュイ―ン)


(間が悪い!)無情にも頭のランプがくるくる回って頭がしびれる。やられた。


「ちょっと何やってるの、直人君、私たちに付きまとっているの? 気持ち悪いー、変態?

それになに?頭が光ってるわよ」取り巻きの女子が言った。


(糞!走るのだ!)


(長谷川さんにも嫌われたかな)僕は恥ずかしくて泣きそうになった。













お馬鹿だったのは仲間の小田だ。奴はサバイバーショットの欠点を忘れていた。なんとサバイバーショットの赤外線は壁に当たると屈折をおこして跳ね返るのだ。


小田は25号棟の階段を上がって上からの攻撃を考えたようだった。


しかしいったん誰かに見つかると容赦ない攻撃にあった。しかも団地の階段なのでかがんでも屈折弾の集中砲火によってあっという間に命を落とした。


泣きっ面に蜂で、小田は5階まで追いつめられランプが点灯中に5階のおばさんが玄関を開けた。


「キャー」おばさんの悲鳴が上がる。


「ちょっとあんた何やってんの、人んちの前で!」(ジュルル、ガリガリシュイ―ンシュイ―ン)無情にも小田の頭が光る。


「いや、それは、その・・・」小田の必死の弁明。必死で階段を駆け下りている。


(ナンマイダ、小田)


 僕の命はあと1つ。長谷川さんたちにさえ会わなければ、あそこは死ななくて済んだのに・・・。


 タイムリミットまであと10分。


僕は20号棟の近くのつつじの中にしっぽりと埋まって時が過ぎるのを待った。


 ポケットから例の干し肉を取り出して食べる。ジュルジュルジュル。甘辛いいい味だ。


あちこちで(ガリガリシュイ―ンシュイ―ン)の音が聞こえる。


(ざまあみろ)僕はひたすら動かずに時間が過ぎるのを待った。



その時だった。


(ウ―、ウ―)警察だ。パトカーのサイレンだ。


「16号棟の少年たち、無駄な抵抗は辞めて、ちょっとパトカーのとこまで来なさい」


(あちゃー最悪)


僕らはタイムリミットの60分を過ぎてあえなく16号棟のベースに集合した。


パトカーが1台サイレンを回してベースに停まっている。


「なんなの、君たちのその格好は?」警官が訊いてきた。


「サバイバルゲームです」瀬戸が答えた。


「こんな時間、中学生が外をうろつきまわって怪しいとは思わんのかね」と警官。


「・・・・・」みんな無言。


「住居不法侵入や傷害にでもなったら嫌だろう、もっと明るいうちに公園とかで遊びなさい」


「はーい」みんなの沈んだ声。


警官はそう言ってパトカーで去っていった。


「どうしてばれたんだろう?」誰かが言った。


「巡回中に、誰かが見つかったんだと思う、頭に点滅灯をつけたガキがそこらへんウヨウヨしてんだから」


「仕方ねえ、今日のところは解散だ」大沢の一声。





僕らはこれに懲りなかった。その後も何度もサバイバルゲームは夜に繰り広げられた。


4×4のチーム戦も面白かった。


まあ、たびたび警察に見つかることはあっても、捕まることはなかった。


僕は今でも天狗印の干し肉を見るとあのサバイバーショットを思い出す。


楽しかったな、まだ売られているんだろうか、サバイバーショット。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サバイバーショット 青鷺たくや @taku6537

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ