ヒュウゴ・サエキの卒論
黒イ卵
第1話 教授からの呼び出し
卒論の中間発表が何とか終わった。
僕の観察している【ニポソ産マソドラゴラ】の種は昨年、ニニギ山、フヨウ峰、シュラの国の麓から、自分達研究チームで採取したものだ。
耳栓、ゴーレム、引っ張る用の綱を用意し、根から引き抜く。
その時、いわゆる【悲鳴】をあげるので、注意が必要だ。
同じチームのヤスは、廉価品の耳栓を使ったせいか、音が防ぎきれずに立ったまま失禁した。
今もたまに飲みの席でからかわれている。恐ろしい事だ。
「なあ、ヒュウゴ。お前の卒論について話をしたいって、教授が呼んでたぞ」
あれ以来、【廉価失禁】の二つ名持ちとなる、ヤスがやってきた。
教授からの呼び出し?
発表中は、質問も特に無かったのだが、なんだろう。
「わかった、行ってくる。ヤス、発表明日だろ? スライムの機嫌が麗しくあれ!」
「任せとけって。二つ名返上するよ」
僕は教授の部屋の前に立った。
扉に吊り下げられたひのきの棒で、扉中央の鍋のフタを模した鉄を叩く。
ぐわんとした音が響く。
「ヒュウゴ・サエキです。お呼び出しと聞き、風の精霊のごとく参じました」
「君か……。入りなさい」
「失礼します」
教授部屋は奇妙な形をしている。
噂によると、古代魔法を使用し、空間を捻じ曲げているらしい。
「今日の中間発表、悪くない出来だ。そこで、君には学会にも我が研究室代表として、発表してもらうことになった」
「教授、ありがとうございます。しかしながら、これから実験を開始しますので、結果もまだですよ? 他に適任者がいるのでは?」
学会発表は、卒論提出の前月、銀月に開催される。
研究室を代表するという栄誉な事だが、同時に、【卒論殺し】とも言われている。
昨年、研究室の先輩が、まとめていた卒論の内容とほぼ同じ研究・実験内容のものを他学院の学生に、先行して発表された。
結局、このままでは学会誌に掲載どころか、先輩の卒論も危ぶまれ、別の視点からの検証、考察を付け加えた上で、追加実験をすることになった。
銀月から卒論提出までの僅かな時間、睡眠時間を削りに削り、髪は野ざらし、瞼は窪み、血走った眼はギラギラと光り、さながら夜の亡霊と化した先輩の有り様に、学院に生えているスクナヒコノクスネで作った強壮剤を差し入れした事は、忘れられない。
「君は、生態系保全に着目した種苗の研究を行うよね。しかも、魔力を用いず、誰でも今後、同じ実験が行えるように工夫してある。これは画期的と言っていい!
ただし、今のままだと不足だ。魔力を使った場合の実験方法と用具も追加し、魔力を用いない場合とどのように良し悪しがあるか、比較しなさい。
そして、チームで協力して、学会の発表準備も並行して行うように」
かなり大変だが、少し間があるし、やれなくはないだろう。僕は引き受けることにした。
「教授、万全を期すために、チームだけでなく、研究室全員の協力をお願いします。下級生にも振り分けることで、来年以降の学会準備の引継ぎも兼ねられるでしょう」
「ふむ。確かに、今までは担当チームのみが準備を進めていたな。よろしい、許可する」
「ありがとうございます」
簡単な打ち合わせをし、僕は教授の部屋を退出した。
これで、学会準備をある程度教えたら丸投げできる。
以前から、なぜ研究室全員で行わないのかと疑問に思っていた。
準備期間は短い上、毎年学会発表者のいるチームのみが準備をすると、翌年以降にまた一から探らなければならない。
夜の亡霊と化した先輩を見て、この悲劇を二度と繰り返してはならないと、僕は心に誓ったのだ。
片付けを終え、明日の発表準備に悪戦苦闘しているヤスのもとへ行き、学会発表の件を伝える。
「【卒論殺し】に選ばれたか。おめでとう、ヒュウゴ。俺も積極的に動いてやるさ。まずは明日の発表だな……」
「頼むぞ、ヤス。二つ名返上、さらには【卒論殺し殺し】の異名を持てるよう、期待してる」
「ハッ! そいつはいいな! 目指すぜ、【卒論殺し殺し】!」
ヤスは卒論準備を鼻歌混じりに始め出した。意外とこういうのに弱い。
僕は学会発表までのやること一覧を作成し、自分の卒論進行状況とを照らし合わせることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます