第3章 再会 その3
ヴァルサスの画面上に居るボルトは、直立したまま返信してこない。
最近はキャミーの教育もあって、棒立ちになったり、返信が途切れる事の方が珍しくなっている。
――聞いてはいけない事を聞いてしまったのかな?
「話したくないならいいんだ。ごめん。変な事聞いて」
すると、すぐさまボルトは顎に右手を当てる『考えるエモート』をした。
「いやいや。全然大丈夫。ただ長い話だから、どっから話せばいいかなって……」
ヴァルサスにとって、ゲーム嫌いだったボルトが如何にして、ソウルディバイトにのめり込んだのかについて、自分でも意外なほど関心があった。
さっきは、あまりにまくし立てた返事をしたせいで引かれてしまったかと心配したが、ボルトは普段通りに接してくれる。
それが何より有難い。
彼とは、時々本音も言い合えるそんな仲になれたら――。
「えっと。実はさ俺、陸上選手だったんだ。でも足を怪我して引退した」
――え?
「ずっと落ち込んでたんだけど、父さんがゲームを買ってくれて、兄ちゃんがゲームを教えてくれた。形は違うけど、もう一度スポーツが出来るようになってすごく嬉しいんだ」
思い出すのは、あの瞬間。横腹で感じた何かが潰れて弾ける感覚。
人生を一変させた事件の様子が鮮明に蘇り、キーボードを打つ指を振るわせる。
「足をけがって、なんで?」
ありえないはず。
でも万が一そうだったとしたら?
「体育の授業中、徒競走やってた時、クラスメイトがこけて、俺の方に転んできたんだ」
――違う。
「転倒に巻き込まれたその時、足首の靭帯を痛めて――」
――違う!!
「怪我させた奴の名前は?」
無意識の内にヴァルサスの指が、否、海藤明の指が尋ねていた。
「それは個人情報だし、ちょっと……」
Aキーを押す指が震える。
KキーとIキーを押す指が重たい。
Rを打ち込み、Aのキーに触れる。
考え過ぎなのかもしれない。
だけど偶然にしてはあまりに出来過ぎていて、疑いたくなる。
「アキラ」
だから確かめずにはいられない。
「アキラだったんじゃない?」
ボルトの返信が来ない。
答えない事が答えなのか?
どうしてすぐに返事をくれないんだ?
もしかして本当にそうなんだとしら――。
「なんで知ってるの?」
ボルトの書き込みを見た瞬間、明はVRヘッドセットを脱ぎ去り、ゲーミングPCの電源コードを引き抜いた。
見間違いではなかった。
『なんで知ってるの?』
と、確かにそう書かれていた。
「なんでって……」
――偶然なのか?
「大島くん?」
――ありえるのか?
「何で大島くんが」
大島俊介の事は、怪我をさせる前からよく知っていた。
陸上短距離走のオリンピック候補。
神童。俊足。エリート。彼を賛辞する言葉を何度聞いた事か。
オリンピック候補と呼ばれるクラスメイトが居るのは少し誇らしかったし、明に対して特別関心を向ける事はなかったが、オタクだからとからかったり、無視したりもしなかった。
友達ではなかったかもしれないが、クラスメイトとして人並みに接していた。
陸上以外に興味がないのは有名だったが、兄がゲーム好きだと言って、明の話に乗ってくれた事も一度や二度じゃない。
だから明は、俊介に対して悪感情は抱いていなかった。いなかったからこそ、彼の人生を奪ってしまった重圧に押し潰されたのである。
そんな彼が興味のなかったゲームを始めた理由なんて一つしかない。
――復讐だ。
「一番安全な場所だったのに」
――それ以外にあるはずがない。
「奪われた」
人生で一番大切な物を奪ってしまったから、代わりに明の一番大切な場所を奪いに来た。
「もう何もない」
それを責める出来るだろうか。
異を唱える道理があるのだろうか。
最初に奪ったのは明なのだから。
「どうしよう……」
けれど逃げる場所も世界も、何もなくなってしまった。
「どこに逃げればいいんだろう」
たった一つの居場所を失った。
事故だったと言え、俊介の輝かしい未来を奪ってしまったのだから辛いなんて言っちゃいけない。
甘んじて罰という苦渋を飲み干せばいいのだ。
「でも、辛いんだ……」
助けを求めても誰も答えてくれない。
居場所も友達も、海藤明は全ての大切を失っていた。
今、明の傍らに寄り添うものがあるとするのなら、それは仄暗い虚無だけだった。
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