第3章 再会

第3章 再会 その1

 大島俊介がソウルディバイトを初めて一ヶ月が経った。

 間もなく夏休みも終わる事と、大会の予選が近付いている事もあって、俊介は部屋で一日中ゲームをして過ごしていた。

 白いシャツにベージュのハーフパンツの薄着で二十度設定のエアコンを風力全開にしているのに、ゲームプレイの熱気で肌から汗が止めどなく噴いてくる。

 俊介の部屋のドアを少し開けて、陰ながら我が子の汗染みまみれの背中を見つめる香は、嘆息が絶えなかった。


「ああ、私の大切で可愛い次男が、俊介が、ごく潰しの長男と同じ油っぽい背中をしている。オタクの背中よ。ニートの背中よ」

「せめてごく潰し本人の前で言うのはやめてくんない。さすがに傷付くんで」


 同じく陰ながら見守る洋介の突っ込みに、香は目を見開いた。


「あら、ごく潰しの自覚あったの?」

「ないけど、どうせ俺の事だろうからさ。つかゲームしてたっていいじゃん。今は八月だぜ。世は夏休みだ」

「俊介はともかく、万年夏休みのあんたが言うとね」

「今はコンビニでバイトしてるだろ。ほんと嫌なババアだ」

「あら。夕飯いらない?」

「大好きママ」


 夫そっくりの顔で言われると、いつぞや哲郎とやって後悔したプレイを思い出させる。

 香は、粟立った両腕を掌で擦った。


「ママはやめて。キモいから」

「俺は、どうすればいいんだよ……」


 香は何も答えず、俊介を見つめていた。

 俊介の顔色は、常に変化し続けている。時に歪み、時に驚き、最後には笑みを浮かべた。香にとって、数ヶ月ぶりに見る俊介の幸福そうな姿である。


「ありがとうね、洋ちゃん」

「それって何のお礼?」

「楽しそうな俊介、久しぶりに見た気がするわ」


 それは、洋介も同じだ。香がこんな風に笑う顔を久しぶりに見た気がする。


「俺もだよ」


 そんな二人の想いを知ってか知らずか、俊介はVRヘッドセットを取り、ドアの隙間から自分を眺める二人を見やって輝くような笑みを咲かせた。


「兄ちゃん。対人戦やっぱいいね」

「そうか?」


 洋介が俊介の部屋に入りながら問うと、俊介は風切り音がしそうな勢いで首を縦に振った。


「やっぱコンピューターと戦うより、人間と戦う方が楽しいや!」

「じゃあ来週の大会は、対人部門で出てみるか?」

「うん!!」

「でも相当練習しないとダメだぞ。対人は、猛者の集まりだしな」

「練習は好きだから大丈夫!!」

「お前じゃなくて父さんな」

「あ」


 最近哲郎は、仕事が忙しくて、一緒にプレイ出来ていない。

 夏休みという事もあって、家族連れのお客さんや外国からの観光客が店に大挙してきている。

 対人の厳しさは、この一ヶ月で否応なしに思い知らされた。今から哲郎がにわか仕込みをしたところで通用しないのは、明らかである。


「俊介、対人得意なフレンド居るんだろ? よかったら誘ってみたらどうだ?」

「でも父さんと出るって約束してるし……」


 迷う俊介の背中を押したのは、香だった。


「どうせ出るなら優勝しないと。お父さんだって分かってくれるわよ。て言うかごちゃごちゃ言ったら私が潰すから安心なさい」


 しかし尚も俊介の天秤は、揺れ続けた。

 確かにヴァルサスと大会に出れば、好成績を収める自信がある。けれど俊介が洋介と遊んでいる時、ヴァルサスをパーティに誘ったが、やんわりと断られた事があった。

 彼は、人見知りの気があり、俊介の家族に交じっての大会参加は、断られる可能性が高い。

 かと言ってヴァルサスとキャミーと俊介の三人で出るのは、さすがに家族に対して申し訳ないし、俊介自身が家族と一緒に、大会に出たい思いがある。

 本当なら俊介と洋介と哲郎の三人で出られれば一番いいのだが、哲郎の負担になってしまうのは避けたい。


「でもな……ヴァルサスさんか」


 仮にヴァルサスを誘うとして、彼が嫌がりそうな理由がもう一つある。

 大会に出場するとなると、ゲームの中ではなく、実際に会って話をする機会がどうしても必要になるだろうという点だ。


「兄ちゃん。ネットの人って実際に会うのは、嫌がるんでしょ」

「予選会は、オンラインでやるから、とりあえずは大丈夫じゃね? 全国まで勝ち上がったらリアル会場で試合してネット中継とかするから、会ったり、顔出しする事になるだろうけど」

「だよなー」


 ソウルディバイトの大会は、まずエントリーしたプレイヤーがオンライン上で各部門の予選会に出場する。

 対人部門の場合、予選会はA~Pまでの十六ブロックに分かれており、参加するプレイヤーは自分でどのブロックにエントリーするかを決める。

 各ブロックに分かれると、同じブロック同士のプレイヤーで三日間のレーティングマッチを行い、もっとも獲得レートの多いパーティが全国大会のトーナメント戦へと歩を進める。


 全国大会では、試合会場をゲームの制作会社が手配し、試合の様子もネットで中継。

 ヴァルサスとは、特別長い時間を過ごしたわけではないが、彼の人となりはそれとはなく理解している。

 なりきりプレイというスタイルを鑑みても、表舞台に立つ事を嫌うタイプだ。

 その上で、哲郎の張り切りも考慮すると、プレイヤースキルが高いからと、安易にヴァルサスを誘う気にはなれなかった。


「でも父さんも張り切ってるしなぁ」

「まぁお前の好きにしなよ」


 そもそもこの話を持っていたところで、ヴァルサスがOKしてくれる可能性は限りなく低い。


「考えてみるよ。ヴァルサスさんと十四時から会う約束してるし」


 とにかく会って話をしてみるのが一番だろう。

 スマホで時間を確認すると、時刻は十三時四十分。

 少し早いが俊介は、VRヘッドセットを被り、ソウルディバイトの世界へ向かった。

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