第1章 イースポーツ その6

 森の殺戮者が次弾を放たんと大地を蹴った瞬間、ヘルザーの盾が殺戮者の腹を打ち据えて後退させる。


「装備レベル四十一でも俊介のキャラなら行けるかも。スキル解放率が六十超えてるなら、ソニックピアシングが使えるはずだ」


 暗殺者が覚えるAGI系スキル『ソニックピアシング』は、地上・空中どちらでも発動可能な短剣・片手剣用の攻撃スキルだ。

 紫色の攻撃エフェクトを纏って放たれる刺突攻撃で、発生は早く命中すれば硬直もないのだが、攻撃判定が小さく持続が短い上に、空振りしてしまうと非常に長い隙を晒してしまう諸刃の剣。

 強力だが、扱いの難しい攻撃スキルで愛用者は、かなり少ない。


「俊介。そいつをお前が出せる最高速度で、急所に当てるんだ。五回も当てれば削り切れる。ただしミスってカウンターなんか喰らったら即死だからな」

「どのみち、普通の攻撃でも即死だろ」

「弱点は、額の宝石だ。すげー小さいから狙いにくいけど」

「弱点剥き出しとか、むしろ分かりやす過ぎ」

「ゲームだからな!! 敵視(ヘイト)は、稼ぐから思い切り行け!!」


 ヘルザーがシールドで森の殺戮者の腹を再度打ち据える。森の殺戮者は、ボルトに目もくれず、ヘルザー目掛けて両腕を交互に振り回し、猛攻を仕掛けた。

 繰り出される攻撃の大半をヘルザーは、ジャストガードで凌いでおり、ジャストガード成功時には、さらにヘイトを稼げる仕様になっている。森の殺戮者は、ヘルザーに釘付けだ。

 ボルトは、移動スキル『壁走り』を使い、木の幹を駆け上がると、殺戮者の宝石に狙いを定めてから移動スキル『壁蹴り』で幹を蹴り、突風の如き速攻で間合いを詰める。

 射程距離に宝石を捉えた瞬間、振るい抜かれた短剣は、紫色の光を纏って森の殺繰者の額を切り裂いた。


「外した!?」


 攻撃そのものは命中している。技後の硬直がないのがその証拠だ。

 だが、体力ゲージの減りは極小。急所に当たっていない。

 ボルトが再度急所への攻撃を敢行しようとした刹那、森の殺戮者のターゲットがヘルザーからボルトに変更される。

 薙ぐように振るわれた右腕を、ボルトは後方に飛び退いて逃れた。


 大ぶりな攻撃モーションの振り終わりは、カウンターのチャンス。振り終わりの隙にステップインしようとしたが、続けざまに左腕が打ち下される。

 これもボルトには見えており、左側へのサイドステップで躱すも、森の殺戮者の攻撃は止まない。

 右、右、左、右の連打の後、両腕を同時に叩きつけ。

 絶え間なく腕を振り回し、ボルトの接近を拒んでくる。


「やたら暴れて近づけない!」


 ボルトがバックステップで大きく間合いを放すと、今度はヘルザーに猛進し、盾のガード越しに乱舞を叩きこんでくる。


「急所の付近を攻撃されると、攻撃力が倍になって暴れるんだ!」


 答えながらヘルザーは、正確に攻撃をガードするも、HPゲージがどんどんと減っていく。

 暴走状態の攻撃は、タンクのガードすら貫通し、削りダメージを発生させる。

 森の殺戮者は本来アタッカーのミスに備えて、ヒーラーが削りダメージで減っていくタンクのHPを回復しながら戦う敵。

 いくら装備レベル百のタンクとは言え、回復を受けず削られ続ければ無視出来ないダメージだ。

 まして森の殺戮者は、適正レベルのパーティでも慣れていないプレイヤーは、事故死させられる事も多い。

 回復役を欠いた現状では、ヘルザーをして荷の重い相手だった。


「レベル百でもソロだとこんなに削れんのか……俊介長くは持たない!! 決めろよ!!」

「分かった!!」


 とは言え、闇雲に突っ込めばカウンターを貰うだけ。

 ゲームのキャラクターである以上、プログラミングされた行動パターンを取っているはず。

 その切れ間に差し込むしか――。


「待ってろ息子たち!! 今お父さんが行くからな!! ここは何処だ。洋介、お前道案内しろ!!」

『父さんは、黙ってて!!』


 兄弟から同時に発せられた拒絶の言葉に、哲郎の顔がゆでだこのような赤に染まった。


「なんだと!! お前たち、父親にむかっで!?」


 息子たちを守るべく香のチョークスリーパーが哲郎の喉をしっかりと捕えて離さなかった。


「子供たちの邪魔しない!!」

「ぐるしい。母さん、俺逝っちゃう、逝っちゃうよ~」


 夫婦のやり取りを小耳にはさみつつボルトは、森の殺戮者の行動パターンを見切りつつあった。

 右の薙ぎ払い。

 左の打ち下し。

 右、右、左、右のフックの連打から両腕を同時に叩きつける。

 この一連の行動の繰り返しが、森の殺戮者の暴走状態の行動パターンだ。

 そして叩きつけの直後のみ、僅かだが攻撃を差し込める隙が存在する。


 ボルトの眼は、敵の一挙手一投足を一フレームの見落としもなく正確に視認し、森の殺戮者が両腕を振り上げた瞬間、走り出した。

 森の殺戮者がヘルザーに両腕を振り下した瞬間、ダッシュの慣性を活かしつつ跳躍し、すれ違いざま額の宝石にソニックピアシングを打ち込んだ。

 カシャンとガラスが割れたような音が響き、森の殺戮者のHPバーから総体力の凡そ二割ほどが失われ、巨体は攻撃の手を止め大きく後ずさった。


「暴れるのやめた!?」

「急所に当てると暴走状態がリセットされるんだ。でも……」


 森の殺戮者はボルトを見やり、両腕を地面に着いた。

 そのまま四足歩行の形態で、ボルトとの間合いをにじり寄るように詰めてくる。


「急所に当たる度、ランダムに行動パターンが変わる。注意しろ俊介」


 四足の格好のまま地面を蹴り、森の殺戮者はくちばしの先端でボルトを貫かんと飛び込んで来る。


「俊介!!」


 ――兄ちゃん、大丈夫だよ。全部見えている。


 右へのサイドステップで突進を避けると、森の殺戮者がボルトへと振り返った瞬間、ソニックピアシングが額の宝石を穿った。

 再び甲高い音が鳴り響き、森の殺戮者が二足歩行モードに移行する。


「すげーな俊介のやつ。さすがアスリートの反射神経」


 ヘルザーの驚嘆を糧にするかのようにボルトは、皮一枚の間合いで森の殺戮者の攻勢を退け、三撃、四撃と急所への一撃を積み重ねていく。


 ――最後の一撃。


 勝利の確信を握り締め、ボルトは森の殺戮者の右腕の打ち下しを避けつつ、額へ向けたトドメを放とうとした。

 瞬間、突如森の殺戮者の身体が赤く発光し、ボルトの視界が赤に支配される。


「やべっ!?」


 危機の予感は正しかった。

 視界を数瞬封じられ、間合いを図り損ねたソニックピアシングは、敵へと届かず空を切り、代償の硬直時間がボルトの身動きを封じさせた。

 時間にすれば一秒程度。しかし森の殺戮者がボルトを灰とするには十分過ぎる時間。

 繰り出された左腕は、羽毛でもあるかのようにボルトの身体を軽々と跳ね上げる。


 ――終わった。


 死の確信を抱いたボルトだったが、


 ――あれ? HPがまだゼロじゃない?


「な、なんで?」

「ま、間に合った……」


 希望は、哲郎の操るピッグマンの手により、まだ繋がっている。

 肉眼では確認出来ない程、ごく少量、ボルトのHPが残されている。

 何が起きたのか。ボルトが理解したのは、ヘルザーに言われてからであった。


「シールドエンチャント。父さんナイス!」


 ピッグマンが戦線に復帰し、攻撃が着弾する寸前、一度だけダメージを九割カットするシールドエンチャントをボルトに付与したのだ。


「母さんの案内のおかげで、ぎりぎり間に合ったぜっーと」

「ほんと哲郎さんったら地図見るのダメなんだからぁ。さぁ息子をばちっと助けなさい」

「任せろ!! フレイムボルト!!」


 勇猛果敢に魔法を放ちながら突進するピッグマンは、森の殺戮者の右腕の一薙ぎで再び灰に姿を変えた。


「また死んだ!!」

「父さん。俊介を守ったから一応、役目は果たしたさ」


 ――兄ちゃん、一応なんてもんじゃないよ。


 何時だってそうだった。

 哲郎は何時だって、俊介に希望を与えてくれる。


「父さんありがとう!!」


 ――負けられない。


「いいぞ俊介!! 父親の屍を乗り越え、勝利を掴むんだ!!」


 ――負けたくない。


 連撃を掻い潜り、想いを乗せた最後の剣閃は、紫色の極光を纏って額の宝石を打ち砕く。

 森の殺戮者は断末魔を上げながら巨体を光の粒子へと昇華させ、地面にアイテムドロップを表す青い光点のみを残して消え失せた。


「やったあああああ!!」


 俊介が歓喜の声を上げた瞬間、身体を温もりが包んでくる。


「よくやった息子よ!!」


 VRヘッドセットを取ると、何時も哲郎が見せてくれる穏やかな笑みがそこにはあった。


 ――ああ、そうだ。このために俺は……。


 俊介が陸上をしていた頃、哲郎は何時も幸せそうに笑い掛けてくれた。

 一位になった時は、家族の誰よりも歓喜し、順位が低かった時、誰よりも懸命に励ましてくれる。


 ――俺は、父さんの笑顔が見たかったんだ。


 でも、走れなくなって二度と哲郎を笑顔に出来ないのだと、絶望した。

 父親の期待に応えられない。もう二度と笑顔を見られないかもしれない。

 そんな自分が情けなくて、苦しくて、目を背けたいのに現実は巨大な壁となって横たわっていた。

 期待されるのが辛くて、哲郎に当たってしまっていた。

 だけど哲郎は、あの時と同じように笑ってくれる。

 いつでも、どんな時でも俊介が笑えば、哲郎も笑ってくれた。


 何も難しい事はない。俊介が楽しければ哲郎は幸せでいてくれる。

 単純な事のはずなのに、分かっていたはずなのに、理解するのに随分と遠回りをしてしまった。

 俊介は、久しぶりに見た哲郎の笑顔を眼に焼き付けたくて、VRヘッドセットを被らず、サブモニターを確認しながらアイテムを拾った。

 説明欄には、赤き血の短剣と書かれている。


「なんだこれ?」


 俊介が洋介を一瞥すると、洋介の顔色が驚きに支配された。


「お、かなりのレアドロ。これ鍛えると装備レベル百まで行くからエンドコンテンツにも使える武器になるぜ」

「エンドコンテンツって?」

「一つは、特定のモンスターの討伐タイムを競うタイムアタック。もう一つは三人パーティ同士で対人戦をする決闘(デュエル)。まぁそこからがこのゲームの始まりというか、所謂競技としてのゲーム、eスポーツの始まりさ」

「ここからがeスポーツーー」


 新しい世界に一歩足を踏み入れた期待感に、俊介の胸ははちきれんばかりに膨らんでいた。

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