惑星軌道

中川瑚太郎

惑星軌道

「嘘だと言ってくれ」

僕と彼女の間には仕切りが出来た。僕はこの先の地球に対応出来ない旧人類、彼女は対応出来る新人類。それだけの違いだけれど、大きな違いだ。僕が彼女の住む領域に足を踏み入れれば瞬く間に死んでしまうだろう。彼女が僕の住む領域に踏み込めば、規則によって隔離監禁される。旧人類は新人類にとって切り捨てていくものだ。厳選された人類と捨て置かれる人類を一緒にする訳にはいかないらしい。

彼女は最初の便でこの星を旅立った。火星辺りに人工衛星を構えて新人類は生きていくらしい。少し離れて地球を観測し続けるとは聞いているが、定かではない。

数十年に一度、新人類は使いを寄越してくる。なんでも、地球を新人類に適した星にしたいらしい。僕らの生存権なんて知ったこっちゃないみたいな素振りだ。僕だって新人類の事なぞどうでもいい。気になるのはそんな人間達に連れられて行ってしまった彼女くらいのものだった。

僕は、技術者になることにした。待ち焦がれて、待ち焦がれて。待つだけに飽きたから彼女が降りてきても大丈夫なようにすればいいかなと思ってね。元々、要領は悪くない僕だったから、資格を得るまでに時間は掛からなかった。

三十年くらいかけて、新人類が我が物顔で過ごす為の環境を作ることの出来る植物を生み出した。ほんの少しだけ多く酸素を吐き出す植物だ。旧人類にはギリギリ毒になるくらいの些細な量だが、ギリギリの毒でも旧人類は十分死ねる量だった。

彼女が居る1便が降りてくると聞いた。出迎える前の朝に窓硝子を見ると、少年はオジさんになっていた。

彼女を出迎えた時、僕はひとつの事を諦めた。無論、彼女と結ばれることだ。火星の衛星に住む間に、夫と子供を設けていたみたいだった。久しぶりだね、と影を含む笑みを向けてきた彼女の目を、僕は見ることが出来なかった。

僕はその後、家から出ることを辞めた。外界と接していても意味は無いと思えたから。閉じこもって終わりを待つことにした。僕はもう四十代だ。夢見る少年なんかじゃない。青春なんてもう知らない。

ある日、家の扉がこじ開けられた。あまり綺麗ではない空気と光の中に立っていたのは、技術者として働いていた頃の後輩だった。

「扉はごめんなさいね。けれど、こうでもしないとあなたはもう出てこないでしょ。なにせ、意地の技術チーフなんて呼ばれてたくらいだしさ」

僕と気さくに話してくれていた、数少ない友人だった。ズカズカと部屋に踏み込んで、僕の胸ぐらを掴んできた後輩は、

「デート、一回。あなたは私と約束したハズです。明日行きますよ」

うろ覚えだけれど、約束した気がする。昔からこんな風にグイグイ来ていたなと懐かしさを感じた。後輩は、きっと僕に気を使ったからこそ今来たのだろう。今までは、そんな後輩に遠慮がちに対応していた。けれど、たまには甘えてみようか。なんて上から目線に考えていた。

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惑星軌道 中川瑚太郎 @shigurekawa5648

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