呪い屋の夜

狐崎灰音

12月24日

呪、という文字には2つの意味がある。

一つは「のろい」悪意を持った感情だ。

一つは「まじない」善意を持った感情だ。

この感情の相似点は願望と言う欲求である。

そして、私と弟はこの俗世に欲望があり続ける限り少なくとも喰うには困らないだろう。


呪い屋の夜


ラブホテル「ラプラス」402号室。

立ち入り禁止の解かれた部屋で私は、真新しいカサついたシーツの上でブカブカのルブタンのヒールを履いて寝転がっていた。

早く済ませなければ。

そう思いながら私は、人が死んで間もない場所で死者になりきり死を夢む。


12月24日、クリスマスイブの日だった。

私はモッズコートにチェリーレッドのドクターマーチンエイトホールを履いて雪の中を歩いていた。

灰色のビル群をサイケデリックなイルミネーションがギラギラと飾っている。

私は人混みの中スマートフォンを取り出すと3つしか登録していない番号の一つに電話を掛けた。


「もしもし、ルブタンの女は心中だと言っていた。男と愛し合ってから首を絞めてもらって、男の方も後から来るはずなのに逃げられたそうだ。とにかく泣いてたから大変だった」

電話の向こうの相手はただ事務的に「そうですか」と答えた。

「取り合えず、依頼はこなした。ショウヘイの所に行くと言っていたが、まあ、逃げた心中相手だろう。後はもう知らんな」

電話を切り私は紙袋に入ったルブタンのヒールをちらりと見ると「来たら壊すぞ」と忠告だけして後は適当にそこらに放っておいた。


あぁ、雪が降って来た。

さっさと【青猫】ビルに戻ろう。


3階建ての雑居ビルの一階は小洒落た雰囲気で「占いの館【青猫】」と書かれた看板がかかっている。

私はビルの裏階段を上り、二階の事務所の前に立つ。

関係者以外立ち入り禁止の札を尻目に、乱暴に三回足でノックした。

「椎堂、おい、伊槻!私だ、入れろ」

中から物音がするとドアが開き眼鏡をかけた長身の男が鋭い目で私を見下ろす。


「真言先生、ドアを足でノックする癖を直してくださいと言ったはずですが?」

「煩いぞ、“不感”の癖に。だからお前は胡散臭い事務所の胡散臭い事務員なんだ」

わざと、言葉で椎堂の琴線に触れてやると、椎堂は眉間の皺をさらに深めた。

「まぁまぁ、怒らないでよいー君。どうせ“また”なんだろう?姉さん」

私を姉と呼ぶ青年はハイヒールを履いてヨーロッパ貴族風の格好でソファーに腰かけ優雅に紅茶を飲んでいる。

皇透、私とは真逆の姿形で性格もほとんど似ていないがれっきとした私の弟だ。

「あぁ、これで心中は三度目だ」

「三度目の心中、良い響きだね」

「私にとっては不快でしかない」


「占い屋の方はどうだ?透」

「ん~、口コミとSNSの効果で【青猫】も雑誌の特集に載れる位には有名になったよ。顧客満足度も高いし、このビルは当たりだね」

「当たり前だ、私のまじないとお前の占いと、椎堂の目つきの悪さで所有権をもぎ取った本物のパワースポットなんだ。外れたら大損だ」

椎堂がまたもギロリと私を見るが、私はそれをさらりと無視し透の太ももを枕にソファーに身を横たえた。


「つかれたみたいだね」

「あぁ、そうだな……」

「では、お茶を……」

「椎堂、それよりドアを開けてくれ」

私が事務所のドアを指さして言うと、椎堂は何かを察したように眉間に皺をよせてから溜息を付きゆっくりとドアを開けた。


そこには、雪に塗れたルブタンのヒールがポツンと揃って有った。


「あ~あ、やっぱり憑かれてた」

「はぁ、全く。これだから変死者との交霊術は嫌いなのだ」

私は起き上がり入り口に立つルブタンのヒールを指さすと

「入るな、失せろ」

と警告した。

しかし、ルブタンのヒールは足を引きずる様にして事務所内に入ろうとしてきた。

「椎堂、ハンマーの用意を」

と、私が冷たく言うと椎堂は事務所のロッカーから大きめのハンマーを取り出す。


「来たら壊すと言ったはずだ。三つ数える間に男の元にでも、あの世にでも行け。一つ!」

私が猶予を与えてもなお、ルブタンのヒールは事務所に入ろうとする。

「二つ!」

椎堂がハンマーを構える。

「三つ!!」

ルブタンのつま先が事務所内への境界線を侵そうとした瞬間、

首を絞められた後の残った、乱れた髪と衣服の女の姿が現れた。

「椎堂!やれ!」

「はい!」


椎堂がルブタンのヒールに向かって容赦なくハンマーを振り下ろす。

すると、実体の無い女が叫び声の様な表情を浮かべた。

そして、椎堂に向かって怒りの表情を見せるが椎堂は何も“感じていない”。

椎堂がハンマーでヒールを壊すごとに苦悶の表情の女の姿は薄れ、やがてヒールが原型を留めなくなるころには、

女の姿は無くなっていた。


「先生、もう大丈夫ですか?」

「あぁ、依り代に使ったハイヒールも壊れた。私と彼女を繋ぐ物はもう無い。心配ならゴミに出す前に塩でもかけておきたまえ」


今回の仕事は、ラブホテルからの依頼だった。

3ヶ月ほど前に人死にが有った部屋がおかしいので調べて原因を取り除いて欲しいとの事で、

私が早速そこを調査した所、案の定地縛霊が居たのだ。

そこで、地縛霊と化した死者をその場所から引き剥がすべく、彼女が気に入っていたのと同じルブタンのヒールを用意し、降霊術を行いヒールに定着させた。

後は、どうとでもなれと放置したのだが、どうやら”また”霊に好かれてしまったらしくこのような事になったのだった。


まぁ、こんな事も有ろうかと椎堂を雇っていたのだが。

椎堂は”不感”体質――霊的な存在に一切干渉されない所謂霊感無しなので、冴えないチンピラをしているのを引っこ抜いてきたのだ。

彼はある意味この事務所に必要不可欠な存在だ。


「ほんと、姉さんは色んなものに好かれやすいねぇ」

「大抵は、人外か同業者だがな……」

私がポケットからモンテクリスト・クラブの入ったシガリロケースを取り出すと、

透が、「ダーメ」と言って取り上げてしまった。

「タバコを吸うならベランダで吸ってよねぇ」

「タバコじゃないシガリロだ」

「似た様なモノでしょ。僕が煙いの嫌いなこと知ってるくせに」

私は小さく舌打ちすると、真冬の蛍になるべくベランダに出た。


全く、シガリロくらい自由に吸わせてほしい物だ。

「寒いな」

まだ、シガリロを取り出してすらないのに白い吐息が口からこぼれた。

あぁ、どこからかジングルベルが聞こえる。

鈴の音と一緒に固定電話のベルが鳴って、私は火を着けようとしたシガリロをケースに仕舞った。


END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

呪い屋の夜 狐崎灰音 @haine-fox

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ