便秘のときに読むとちょうどいい長さのSF。
寿司
エロ本のグリル
はじめはポルノからだったように思う。
コンビニの棚から所謂エロ本は消えたし、
レンタルビデオショップからもすだれが消えた。
もっとも、レンタルビデオショップとすだれとどちらが先に消えたかは難しいところであったが。
少し時間がかかったが、インターネット広告からのアダルト広告も消えた。
正直コレはだいぶ快適になったが、
最近はあまりにパーソナライズされた広告ばかりで気持ちが悪いようにも思う。
とはいえ、セールを見逃すことも新商品のチェック漏れもなくなった。
財布にとってはいいことではないが、少なくとも私の消費欲求にとっては悪いことではない。
次は嗜好品だった。
タバコの値上がりは300円台後半から500円までは早かった。
500円を超えたあたりから、もはやたばこを吸う場所を無くす為の規制が作られた。
そこからしばらくは値上がりしなかったのだが、
一度500円を超えると1000円に届くまでは非常に早かった。
二年もかからなかったのではないだろうか。
少なくとも1000円札を出して500円玉すら返ってこなかった時代の記憶はあまりない。
その後も細く長く続いたが、
実に残念なことに、喫煙という文化に馴染みのある世代は、私達が最後である。
今では文化保存の名目で公営のシガーバーらしき場所でだけ、やたらと味わい深い紙巻きタバコを楽しむことができる。
価格も安くはないし、私達が知っているシガレットとはかけ離れていて正直吸おうとは思えない。
ことさら時間がかかったのはアルコールだ。
正直、人類とアルコールの歴史を鑑みて許されていた節はあったし、
同じ理屈で大麻も許されるのではないかという規制反対派の声が大きかった。
その声を受けて規制を行ったのだから、
規制反対派が欲を出して自分の首を絞めた形になる。
その規制の方法も、ビール税と同じ理屈ですべての酒税を引き上げたのだから、
もともとの酒税法に関する詭弁が知れるというものだ。
禁制品ではないが、やはり公営の施設以外で購入できず、値段も桁を3つ間違えているようにしか見えない。
少なくとも私にとっては禁制品である。
さて、これだけの規制が進む中、まっさきに規制されたポルノだが、
最初期であったためか、比較的寛容な運用がなされている。
例えばだ、標準のアシスタントaiに指示をするとコンプライアンスがどうだと喚いて拒否するが、検索エンジンで手入力で打ち込めば未だに検索することも、当然閲覧することもできる。
国内サーバーであれば違法だが、他国のサーバーへのアクセスは禁止されていないし、所有も禁止されていない。
とはいえ、もともとの目的が適切なゾーニングというものであったため、
検索エンジン使用時に、望めばかなり高度なフィルタリングを使うことができる。
これまでのアクセスブロックと異なり、
そもそも検索結果から排除されるのである。
なかなかの精度で、このフィルターを抜けてくるということはあまり、考えられない。
aiによる判断だというから大したものだ。
こういったフィルタリングにとどまらず、
諸々のゾーニングに関しても判断を下すのは恣意的な人間ではなくaiである。
その決裁に至るまで、人間が介入する余地はない。
局所的とはいえ意思決定までもを人間は人間以外に外注しているのである。
さて、ここで出てきたのが芸術とポルノの境目はどこかという問題である。
ドラクロワを焼いてしまえといった抗議が10年台後半にもあったが、
人間にも機械にも未だに審美眼は備わっていなかった。
パターン学習でポルノと芸術の境目を区別させようという取り組みや、
いっその事人力で振り分けてしまおうといった案もあった。
結局の所判断に迷うものや、判断を誤っていたものを人間によって再入力し、学習させるというありきたりな手法に落ち着くことになる。
しかし、一番差し戻しが少なかった手法は、
人間と同様に、作者の名前で区別をつけるものであった。
もともと人間は価値判断などしていなかったような気もしている。
さて、私のやらねばならないことはそのうちの一つである。
眼の前のドアに手をかけ、マスターキーで解錠する。
今思えば鍵は生体認証からそれほど進歩しなかった。
あまり進歩するとこのようなマスターキーの用意に手間取るので、ありがたい話である。
室内に目をやり、
包括保護法9条3項に基づき、保護を行います。
手回り品をまとめていただけますか。
ボロアパートのボロ部屋に住んでいる割には、比較的健康的で全く変わった点のない平凡な男がそこにいた。
目を開いて驚き、状況を飲み込めていない姿も、
いかにも平凡である。
私が、でしょうか。
平凡な問を投げる。
ええ、基準や理由については申し上げられませんが、
こちらが通知書となります。
確認なされますか。
稀に逃げ出す者もいる為、警戒しながら答えたが、
特に取り乱す様子もなく、
荷物をまとめだした。
それほどモノの多い部屋ではなかった。
そして、持ち出しの許可が与えられている物品も決して多いわけではない。そうした中で、男が持ち出したいものなど限られていたらしく、5分と少しで準備は終わった。
男が立ち上がると意外と背丈は高く、
並程度の私より頭半分ほどはあったように思う。
男が後部座席に乗り込み、私がエンジンをかけると、平坦な声で男が話しだした。
最初はポルノでしたっけ。
もう、覚えてはいませんけども。
タバコも酒も高くなりました。
今思えばあそこで意地でも反対するべきでしたね。
まさかこの時代に人まで規制されるとは誰も思いませんでしたし、
自分がその対象になるだなんて、ねぇ。
ドラクロワを焼くのに、火を放つ必要がなかったように、
人を殺すのにも、引き金を引く必要はなかったわけですよ。
笑いながら話す男に対して、
そうですねぇ、とどうせ背中越しで見えないが笑顔で返事をする。
弱者を保護するなんて言うけども、
自分自身が保護されるべき対象だとも、
保護されたいだとも、
そもそも弱者であるだなんて考えたこともなかったよ。
自嘲気味に話す男に対して、
誰でも同じことを言うものだと返す。
そんなもんかのかぁ。
どうやって決まってるだろうかね。
あなたが決めてるわけでもあるまいし。
間延びした声で尋ねてくる。
制度運用の形としては、
aiが統計処理によって判別し、
保護対象、もとい社会的弱者、あるいは犯罪あるいは著しい迷惑行為を起こす可能性の高いものをリストアップする。
それの決裁をまた独立したシステムが行い、
我々が保護下に入ることを促す。
人間が介入するポイントは最後の対人のフェーズのみで、
同胞を売る意思決定すらも人間以外に外注しているのである。
とはいえ、これをそのまま伝える訳にもいかないため、
建前が決まっている。
私が決めているわけではありませんが、
それ以上のことは私にも知らされておりません。
それでも、恣意的な運用はなされていないということだけは保証いたします。
三人に一人ぐらいの割合でこのセリフを言う必要がある。
流石にもう慣れたものである。
なるほど、ありがとう。
別に答えてくれなくてもいいんだけど、
噂だとaiが決めてるだとか言うよね。
仮にさ、ほんとにそうだとして、人が決めるのとどっちがマシなんだろうね。
私は政府の見解で答える。
難しいところですね。
しかし、判断を人がしてしまうと、
どうしても恣意的なものになってしまうでしょう。
権力の集中が為された制度であれば、それを人が担うべきではないのだと思います。
少なくとも十分なチェック体制とその働きが前提なのではないでしょうか。
男は自身の見解で答える。
確かにそうだよね。
独裁者と良い統治者は紙一重。
人にやらせる恐ろしさはあるよね。
でも、個人的にはデウス・エクス・マキナの全能さに平伏するよりは、
スターリンの気まぐれで死ぬほうがマシかもしれない。
まあ、妄想だけどね。
私は短く答える。
一人で人間に殺されるよりも、
体制と、人間たちと一緒に人間以外に殺される方がマシな気がしますね。
彼がミラー越しに意外そうな顔をした。
そして笑いながら、
なるほど、だから僕が保護対象か。
しばらくは笑い声が騒しかった。
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