-ノイズ-

田中 堕郎

第1話

 五月蝿い──。

人の声と心の声が重なって、頭の中でぶつかり合う──。


多田野晴彦(ただのはるひこ)は電車の中で一人、苦痛を紛らわせようとイヤホンを耳に押し込んだ。しかし、耳に鈍い痛みを感じただけで騒音は消えず、顔をしかめて意識をイヤホンから流れる音楽へと向けた。

 どうやら俺は生まれつき特別な耳を持ってしまったらしい。それが、人より遠くの音が聞こえるだとか、絶対音感だとかなら良かったのだが、俺は人の心の声が聞こえてしまう。正直それに気がついた時は、自分でも信じられなかった。でも聞こえてしまうものは仕方ない。それが現実だ。

別にこの耳のせいで苦労した、なんてことはない。そりゃあ物心ついたばかりの頃は次々と人の本音を曝いていくものだから、不気味がられることもあったが、変に大人びていた俺はそれが良くないことだと気が付きすぐに辞めた。それからはずっと、心の声は聞こえないふりをして生きている。

 しかし、やはり聞こえるものは聞こえるのだ。人が多く密集する電車などは、普通に聞こえる話し声と心の声と電車の音が重なって、なんとも耐えがたい騒音になる。気休めにイヤホンで音楽を聴いてはいるが、気休めは気休めでしかなく、聞かないよりはマシ、程度の効果しかなかった。

「ちっ……」

 騒音というのは結構苦痛なもので、ひどいと頭痛がしたり、目眩がすることもある。夏はもう終わるというのに人が多いからか、蒸し暑いせいで今日は頭痛が酷い。本当なら俺は、普段通りにバイクで学校に向かっていたはずなんだ。……兄貴が俺のバイクを勝手に使って事故を起こすなんて事がなければ。

『まもなく、宇都宮、宇都宮です。御降りの際は……』

さっさと降りて人の居ないところへ行こう。そこで水でも飲めばこの頭痛も少しは良くなるだろう。

そうして電車を降り、人がすいてから学校へ向かった。


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