第六話 楽園へのパスポート〔後編〕

カラミティリジェクター ティマリウス・機動衛兵 シグナ・漂流宇宙人 ネリヤ星人 登場

Chapter 41. 三者会談

 異星のテクノロジーが詰まった巨大なメカの中で、数多の立体スクリーンに囲まれながら、地球の防人さきもりと宇宙の旅人がちゃぶ台ごしに顔をつき合わせている。


 ――なんだこれ。


 いいかげん慣れたと信じていたが、いざ第三者の視点から眺めてみると眼前の光景は思いのほかキツい。興一はしばらく二人の会話を見守ることにして、両耳のうしろを親指でぐっと押し込んだ。ここに頭痛やめまいを治すツボがあるのだ、いつだったか隣の家の爺さんが得意げにそう教えてくれた。


「――つまり、近海に姿を現したのは突発的な事故であって、事を荒立てる意思はまったくない……そういうことだね?」


「うん。本当はもうちょっと地球人のふりを続けるつもりだったんだ。でも溺れ死んじゃったら元も子もないから」


 和泉の名誉のために言い添えておくと、形式張ったやりとりを嫌ったのはキャリルのほうである。ネリヤでの地位なんか今は関係ないからね――と白い歯を見せる奔放ぶりを前にして、和泉も体裁を気にする席ではないと悟ったらしい。


「戦う気でないのなら、どうして地球に?」


「戦う気で地球に来たけど、相手はイズミたちじゃないってこと。ティマリウスが太陽系に入ったんだ。あいつは必ず地球を狙う」


 ティマリウス。


 その名前を聞いた瞬間、興一は思わず沈黙を破っていた。


「そうだ、そのティマリウスだ。おまえさっきもそんなこと言ってたけど、結局そいつは何なんだ?」


 名前を出したからには説明しなければならないと、当然キャリルは理解していたはずである。


「あいつは――」


 だが、キャリルは即答できなかった。


 興一は生まれてこのかた、これほどまでに幾重もの感情が錯綜した女の子の顔を見たことがなかった。


「ティマリウスは、惑星ネリヤの知のすべてが詰まった人工の守護神であり……究極の悪魔」


「悪魔?」


 キャリルが頷く。


「コーイチは、ネリヤのことを理想郷だって言ったよね」


 言った。キャリルから惑星ネリヤの社会体制について聞いたとき、たしかに自分はそんなことを口にした。


「理想郷は、もうないんだ」


「ない……?」


「ボクの母星は、あらゆる命が途絶えた不毛の星に変わってしまった。ボクたち自身が望んで造った……造りあげてしまった、ティマリウスという悪魔のせいで」


 頭蓋の内側を直接殴られたかのような衝撃が興一を襲った。


 ――滅んだ? こいつの星が?


 ウソだろ。そう呟いたと思った。しかし興一の口は開いたり閉じたりを繰り返すばかりで、その唇の動きに声が乗ることはついになかった。もしかするとそのことは、かえってキャリルの心を苛まずに済んで幸いだったのかもしれない。


 転校初日、たちまち教室の人気者となったキャリル。クラス全員の前で自己紹介したとき、彼女はどんな表情を浮かべていただろうか。


 自分と蒲生のキャッチボールに割り込み、一打席の勝負を仕掛けてきたときはどうであっただろうか。


 太陽のような笑顔と天真爛漫なふるまいの陰に、少女ひとりで背負うには重すぎるほどの喪失の記憶が焼きついているとは欠片も想像しなかった。地球の社会やテクノロジーに対する真剣な眼差しからでさえ、そのような悲劇を連想することはできなかったのだ。


 だが、キャリルの発した言葉をひとつひとつ思い返していけば、たしかに手がかりは転がっていたのだとわかる。


 故郷を語るときの彼女は、常に過去形で喋っていたのだから。


「……ちょっと、長い話になるよ」


 胸のうちに秘めていた、最後の爆弾だったのだろう。


 キャリルはどこか解放されたかのような面持ちで、まず興一へ、次いで和泉へと順番に視線を巡らせた。


 興一はどんな反応も返せない。


 和泉がしっかりと、重さを受け止めるように頷いた。


「聞かせてくれ」


 頼りなさそうな兄さんだ、などと和泉をなめてかかっていたのはどこの誰であったか。この場に和泉がいてくれることに、興一は心の底から感謝を覚える。


 ひと呼吸の間をおいて、キャリルが口を開いた。

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