Chapter 12. 先輩隊員・桐島唯
曲名は忘れたが、カーステレオから流れてくるメロディには和泉にも聴いた憶えがあった。昔流行った歌謡曲だ。失くした物など捨て置いて連れ立とうと誘いかけてくる女声ボーカル。どこの誰からのリクエストか、何という歌手がカバーした何度目のバージョンだったか、そのあたりを紹介する司会者のトークをすっかり聞きそびれてしまった。
ちらりと隣に視線を走らせる。
先輩の手を煩わせるのも悪い気がして、自分が運転席につこうと申し出はしたのだ。ところが、唯は頑としてハンドルを譲ろうとはしなかった。君は座ってるだけでいいぞ、と彼女は微笑む。車を走らせるのがよほど好きらしい。
間が持てない。何か言わなければと思って、
「――しかし、」
「――あの、」
示し合わせたように声が重なった。
呼吸ひとつぶんの沈黙の後、唯が目元を緩めて、
「どうした? 言ってみろ」
「――さっきはすみませんでした。つい熱くなって……」
和泉は謝りながら、飛んでくるであろう質問について考えを巡らせる。
山吹隊員にあそこまで食ってかかった理由は何か。それを尋ねられたらどう答えるべきかということだ。
俺は最悪の事態を防ぎたいんです――正直にそう口にできればいい。しかし、確証もなく腰を上げるべきではないという山吹隊員の態度も現実と向き合った結果ではあるのだろうし、仲間内でいたずらに衝突するのも本意ではない。
予想に反して、唯は追及してはこなかった。
「べつに責めてはいないさ」
「でも、」
「議論するにも場を
最後は冗談めかした口調だった。基地で和泉らを
「なら、あとはもう堂々としてればいいじゃないか。考え方まで曲げることはない。君のああいう熱意はみんな買っているし……わたしだってその一人だ」
深みを感じさせる低いアルトの、やや
「――にしても、意外だったよ」
「何がです?」
「君もあんなふうに声を荒げることがあるんだな。奥多摩で初めて会ったときは、何と言うか……もっとふてぶてしい奴に見えたが」
唯のその言葉は、驚くくらいすんなりと和泉の胸に滑り込んできた。心外だとは感じない。とうに痛みも疼きも消え去った、自分でも普段は意識すらしなくなった古傷を、改めて指でなぞられることにも似ていた。
ヘッドレストに頭を預けて考える。
――ふてぶてしい、か。
この人の言う通りかもしれない。
故郷を離れてからの十五年間、自分のために憤った記憶がない。目の前の現実をありのままの事実として受け入れ、心を砕かぬよう努めてきた。何に対してであれ順応する以外に生きる術はなかったし、今でも己の正しいあり方がそれであることは微塵ほども疑わない。
自分が不満を露わにするとしたら、その理由は――
「俺は、俺にできることをやってるだけです」
「ほう?」
物問いたげな唯の横目、
「いつだってそうしてきたし、これからもそうしていかなきゃいけないと思ってます。怪獣災害から皆を助けられるなら、そうしたい。だから
和泉はそこまで言い終え、はたと気づく。
――やられた……。
語らずにおくつもりだったはずなのに、いつの間にか引き出されてしまった。自分の隠し事が下手くそなのか、それとも唯の誘導が巧みだったのか。後者であると信じたい。
とはいえ、不快なわけではなかった。
「すっきりしたか?」
「そう……ですね。すみません、いろいろ」
「無理してまで話せとは言わないが、あんまり溜め込まないようにな。わたしでよければ相談に乗るから」
思えば、唯には出会ってから世話になりっぱなしだ。気にかけてくれるのは嬉しいが、これ以上甘えるのは気が引ける。
礼を言って笑おうとした。
「山吹隊員とも、時間があるときに一度じっくり話し合ってみたらいい。決して悪い人じゃない。腹を割って話せばきっと打ち解けるさ」
笑えなかった。
対話を尽くせばどんな相手とでもわかり合える――そんな絵空事を信じられるほど幼くはない。
建前なしの本心を見せ合ったが最後、山吹とは互いに折り合いがつかないところまでこじれてしまいそうな気がするし、そうなったらなったで仕方のないことだとも思える。
しかし、唯は真剣なようだった。
「案外、根っこのところでは似た者同士かもしれないぞ」
とっさには気の利いた返しを捻り出せなかった。和泉は口をつぐみ、唯もさらに言葉を重ねようとはしなかった。
カーステレオから歌が聴こえていた。
話題を変えよう。そう思って、
「――そういえば、桐島隊員はさっき何を言おうと?」
それを訊くか、と唯は眉根を寄せる。
「君と同じだ」
「ええと……つまり?」
「今していた話だよ。気が合うみたいだな、わたしたち」
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