これはきっと慈雨

梅雨入り間近の東京は例年に比べて天気が良く暑い日が続いていた。

まだ5月だと言うのに昼間は半袖で過ごせる。日焼け止めも欠かせない。

「世良さん、そろそろ上がって良いわよ。お疲れ様。」

「先輩、お疲れ様です。お先に失礼しますね。」

遅番の先輩に挨拶をし、貴重品が入ったサブバックを持つと私は足早に更衣室へ向かった。

25歳になった私は家業の手伝いをしながら百貨店で美容部員として働いている。

大変なことも多いがやりがいのある仕事だ。

夜の約束までにあまり時間がないと言うこともあり急いで着替えているとSNSの通知が鳴った。

「透香お疲れ様!早めに着いたから下のカフェにいるよ。」

楓からの連絡に慌てて退社の準備を急ぐ。


今日は高校からの同期で集まる飲み会で楓曰く、勝負の日らしい。

お酒を飲める歳になって初めて会う人もいれば社会人になって若くして成功している人もいる。

現在彼氏のいない楓はこの場で見つかったらラッキーくらいに思っている。

合コンじゃないんだから、と私は少し呆れたがついこの間散々な目にあって別れた楓を思うと良い再会がある事を密かに祈っていた。

百貨店の一階にあるカフェを覗くとPCと睨み合う楓の姿があった。


「そんなに眉間にシワ寄せると綺麗な顔に痕残りますよ。」

少し茶化すように声をかけると、

「今回のコラム全然進まないのよ、なんかアイディアない?」

「今回何書いてるの?」

「社内恋愛、不倫、バレない逢瀬の重ね方。」

「...タイムリーにピッタリじゃない?そのまま書けるじゃん。」

「傷を抉るね〜、嫌そのまま書いちゃったら私の場合ダメでしょ。取引先相手だし。」

あ、そうか。

楓は恋愛コラムのライターをしている。

ついこの間、取引先の出版社の人と半年付き合った後、相手が既婚者だと分かった。

相手はごねたみたいだけど、直ぐさま別れ楓の家に置いてあった相手の荷物を全てゴミに出したその夜、

「有り得ない。人の男とか本当に無理。てか気付かず騙された自分に腹が立つ。」

そう怒り心頭でワインを2人で3本空けたのがつい2週間前のお話。

「この手の話、今は書きたくない。」

「よしよし、あとでトイレで少し化粧直してあげるから飲み会で良い再会あると良いね。」


この話を聞いた時本気で出版社に乗り込もうかと思った。

楓に止められたからやめはしたけど未だに許せないしもし会うことなんてあったら、一発引っ叩きたい。


「もう今日は飲むから、付き合ってね。」

「他の人もいるから前回みたいに乱れないでね、楓さん。」

そう言われると思い出したかのように少しバツの悪い顔をした。

「その節は申し訳ない。」




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