第39話
「久しぶり、儚日。付き合うことにしたんだな。おめでとう。」
移動中の廊下で久々に遭遇したのは遊里。冬の高校三年生だ。色々忙しい時期だろう。
「もうお耳に入ってるんですね。」
相手の名前を言わないところは多少配慮を感じる。仮と言うのはまた今度伝えよう。お互いにクラスメイトの目があるしね。
「まあ、やつからな。とても嬉しそうだったぞ。私もやつが嬉しそうで何よりだ。」
「そう、なんですね。」
「あっ、そういえばなんだがな。その…彼女が、儚日と話がしたいとか言っていて。」
上手く誤魔化しながら話しているが遊里の彼女のことだろうか。私と知り合いでもなんでもないはずなのだが。
「すまない、ピクニックの弁当の話で儚日の名前を出してしまって。」
へ…?それ嫉妬とかされてないでしょうね。うっわー最悪なパターンじゃないですか?
「ええ、きっつ。」
「ぜひ儚日から料理を習いたいと言っていて。やめろと言ったんだがどうしてもと言って聞かなくて。」
ポリポリと恥ずかしそうに頬をかく遊里。余程アツアツのご様子ですね!!
「まあ、そこまで言うなら構いませんけど。」
「ではこの日などはどうだ?冬の合宿?も終わってからで構わない。儚日も休み楽しんできてくれ。」
「じゃあその日にしましょ。私も少しお話したいことありますし。」
仮の付き合いと伝えるのはその時の帰りくらいでもいいか。私が彼氏持ちだとわかれば遊里の彼女さんも変な勘ぐりはなくなるはずだ。
「ではそれで。」
「はーい。」
遊里と別れると後ろから灯が小突いてきた。
「はーちゃんほんっと色んな人と話せるようになったよね。でもあの人は、ゲームやった私からしたら…うう、見るだけで恐ろしいわ。」
まああの人のエンディングはほぼバッドエンドだからね。
「遊里先輩は優しくていい人だよ。前世の記憶と顔だけで判断しちゃいけないなってここ最近反省してる。」
やはり遊里はまるっきり前世のまま、こっちの世界にきたってわけではないのだろう。蓮のように知ってる顔を目の前にしても口に出すような人ではないだろうが、だとしても何か知ってたら含んだ言い方とかしてきそうだし。
「また難しい顔して。ほら、予鈴なっちゃうよ!はやくはやく。」
灯にひっぱられ、遅刻ギリギリで教室に飛び入った。
ーーーーーーーー
そして放課後。エルは生徒会の仕事で先に帰っていいとのことで、家に帰りかけると家の真ん前で輝也に遭遇。現在輝也の家にお邪魔している。さすがに彼氏持ちで別の男の家に行くのはまずかっただろうか。…いやでもお兄ちゃんみたいなもんだし、セーフだよね!セーフ!
「まったく、コンサート蓮と来るだなんて思ってもみなかったんだよー?」
「だって、あんな驚くとは思わなかったんですよ。ていうかソロパート!あんな前出てくるなんてそっちのがびっくりでしたよ?」
部屋にはおいしそうなパンケーキの香りが広がっている。表がふつふつとして片面が焼けたパンケーキをくるっと綺麗にひっくり返す。お見事!
「まあソロは目立ってなんぼな所だからね。サックス自体ソロパート多いしもう慣れちゃったな。」
「楽器とかやった事ないからわかんないです。」
この構図、前世でもあった気がする。まだお互いに小さくてゲームの舞台である学園へと進学する前。ラフテルもこんな風に私にパンケーキを焼いてくれた。あの頃から本当なんにも変わらないな。
「なんとなくだよ、なんとなく。逆に俺は儚日ちゃんと違ってゲームのプログラミングとかはできないしね。」
「あれは趣味の延長戦じゃないですか。オタクの特権っていうか。」
「それでも俺からしたらすごいの。…そろそろ、いけそうかな。見ててね!」
前世も今の年齢差とそんな変わらなかったはずなのに、いつも彼はなんでも出来てしまう。私にとっての完璧なお兄さんだ。なのに、
「っほい、できた!…儚日ちゃん今見てなかったでしょ、もーう!あ、でも待ってね。」
なんでこんな、貴方にだけ恋人ができたことを知らせたくないんだろう。
「ここをだね、こうしてっ!」
パンケーキを二枚重ねにして上にくるんくるんと生クリームを搾っていく。ほんと器用すぎるな。
「クリームまで!さすが輝也さん!」
「まあねえ。おじさんの店でパフェ作り鍛えられたからね。へいおまち。」
「…おいひい。」
そして提供されたパンケーキは、相変わらずおいしい。台所から移動しテーブルで伸びをする輝也。自分の分は作らないのだろうか。材料は余っているはずだ。
「ほんっと、なんだかねえ。…彼氏くん連れてくると思ってたからさ。緊張して損しちゃった。」
「ん…。」
喉が一気に苦しくなる気がした。
「あはは、普通に食べて食べて。ごめんね、たまたま蓮からおじさんの店に儚日ちゃんたち来たって聞いちゃって。」
謝罪を伝えるために必死に咀嚼する。とてもとてもパンケーキがもったいない。
「…ごめんなさい。本当は、一番最初に話さなきゃいけないことだったのに。」
「そんな気にしないで。いや逆に今よく考えたら彼氏持ちの子家に呼ぶなんて…本当どうかしてるよね。」
「…あの、それがね。蓮さんにもこの前の時言ったんですけど。その…エル先輩とは、仮で!お付き合いさせてもらってるんです。」
「へ?」
「その、散々いろんな人に話聞いても、私やっぱり全然人を好きになるとか…わからなくて。少しの間付き合ってみてからでもいいって言われて、今に至ります。」
写真みたいに輝也は固まる。一体どこを見つめているのだろう。
「…。」
「あの、輝也さん?」
「…っはははは!!」
突然お腹を抱えて笑い出す輝也、これは蓮と同じタイプか?普通に見たらやばいやつだぞ。双子で私のことをからかうつもりなのか!
なにかツッコミを入れようとした時、輝也は立ち上がる。
「なあんだ、そっか。仮かあ!!」
そして私の横まできて、
「へ?えええええ??」
ぎゅうううっと抱きしめてきた。
「もう儚日ちゃんに好きな子がいるんだと思ってた。俺、やっぱり諦められないよ!仮ってことはまだ俺にもチャンスあるってことだよね?そういうことなら俺、これからどんどん儚日ちゃんにアタックしちゃうから。覚悟しててね?」
輝也は私からぴょんと離れると、よし!とガッツポーズをして再びパンケーキを作り始める。今、ここに鏡がないのがとても怖い。
なんで私、こんなに顔が熱いんだろう。
その後のパンケーキの味はあまり覚えていない。覚えているのはそれから出来上がってどんどん積み重なるパンケーキと台所から聞こえてくる輝也の鼻歌だけだった。
そして、そんなこんなしている内に冬合宿兼慰労会は着々と迫ってくるのであった。
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