第6話
無茶ぶりな私の言葉に振り返った先のその顔は不敵な笑顔を浮かべていた。
「いいねえ、やっぱり猫谷さん俺の事好きでしょ?俺がそういうの苦手だって知ってるなんて。」
後ろで灯はあわあわ、楓は呆れ顔だ。
「猫谷さんが好きならいいよ、乗っても。…そのかわり、ご褒美俺にくれない?うーんそうだなぁ、たとえばキス?とか。」
あざとすぎるその顔に、ベタな言葉、前世を知らない女子は倒れてしまいそうな状況だ。さすがの私もいい加減クラクラする(嫌気の指す方の意味で)。
「わっ私お手洗いに行ってきます!!」
茗荷谷の手を振り払い、一人走って逃げてしまった。
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やっぱり茗荷谷先輩は断った方がよかったのかな。儚日ちゃんに悪いことをしてしまった。
「あー、行っちゃった。少しからかいすぎちゃったかな。」
うーん、と少し唸る茗荷谷先輩。でもその口角は上がっていて…この人はきっと儚日ちゃんが好きなのだと思う。だけどそれは私の後ろでわなわなしてる鬼丈くんも同じこと。儚日ちゃんは人気者だなあ。すると人混みの中からいきなり人が出てきて先輩に声をかけた。
「お前が気にかけている女と聞いていたが、まさかお前の口説き落としに落ちないやつだとはな。」
「ああなんだ。ダメ元で誘ったら本当に来たんですね。…会長。」
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ああっもう!今日はずっと茗荷谷のペースに飲まれてる。昔の記憶が戻ってからいいことが本当にない。大体記憶取り戻す系って逆パターンだし、別に思い出したところで?って所あるし。
結局…
『俺は...は生まれ変わっても、貴女を傍でお守りいたします。』
あの人が誰なのかもわからない。私は一生思い出せずにまた死んでいくのだろうか。…でも嫌だ。会いたい、前世の私が死んでも死にきれないでいる。しゃきっとしなきゃ。
パンっと頬を軽く張り、化粧室から出ると遊園地内の人混みは一層増していてみんながどこにいるのかわからかった。自分からいきなり抜け出したのだから当然か。
「灯には悪いことしちゃったけど、このまま抜け出したい気持ちの方が大きいなぁ。」
「じゃあこのまま俺と抜け出さないか?」
「えっ…!?」
「しっ。よく見ると茗荷谷が放っておかないのもわかる気がする。ふふっ可愛いな。」
いきなり隣にいた口を塞ぐ黒髪に私は戦く。いや、こいつは知っている。声も髪も瞳も、忘れることなんてない。茗荷谷なんて鼻で笑えるくらいに。
「…ユーリ。」
黒髪に赤がかった茶色の瞳、人間とは思えない美形の名はユーリ・キャルメルド。私の前世の初恋の相手であり、私を殺した張本人。ゲームでは正当ルートかと思わせといてのヤンデレ落ちだ。私を殺したあとヒロインを城に監禁する。…そんなエンドだった。
「おや私の名を知っているのか。いやはや下の名前でなんて…。嬉しいが茗荷谷に妬まれてしまうな。」
気を抜いていると茗荷谷よりも自然に手を取られている。
「私は溶定遊里(うねさだゆうり)。私も君のことは知っているぞ。猫谷儚日、いや私も儚日と呼ばせてもらおう。」
頭真っ白な私をぎゅっと抱きしめる。いやいやいや、普通初対面の女に抱きしめるやついる?そう頭では思うのに体に力が入らない。
「そうそう…君はそのままでいい。どこがいいかな。どこへだって連れて行ってあげるよ。」
視界が溶定で埋まる中、耳元で声がする。嫌だ、さっき決意したばかりなのに。この声は転生した今でも無理なのかな。
「その子を離してもらえないかな。」
上の方から声がした。すっと優しくて懐かしい匂いに包まれた。気付くと向こう側には驚いた顔の溶定。私は今、誰に抱きかかえられているのだろう。上の方を見た。
「…輝也、さん。な、なんで?」
あたたかい何かが頬を伝う。無意識に彼の腕をぎゅっと抱きしめていた。
「やっぱり心配だったんだよ。楓くんだと弱いかなって。来て正解だった。」
さすが騎士。ヒーローか。
「私は怪しいものではない。その子の連れと合流するつもりだ。心外だな。」
「うーん、楓くんには詳しくお話聞かせてもらいたいし…後で連絡送るとして。儚日ちゃんはもうきっと疲れてるだろうから、今日は俺と一緒に帰ろう。ね?」
私は黙ったまま小さく頷く。
「勝手なことをするな。お前こそ誰だ。」
私の手を取り歩き出している輝也さんに溶定は追いかけながら問う。
「お隣のお兄さんだよ。…マセガキくん?」
…少し、怒っている気がする。輝也さんの何がすごいってこの追手を人混みに紛れて巻いてしまうところだ。
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「もしもし?あー、逃げられちゃったんですか。俺と一緒じゃないですか。え?…ふーん、それこそ本当に俺と一緒じゃないですか。まあいいですよ。逃げられちゃったなら仕方ないです。みんなで遊びましょう。」
また、逃げられてしまった。あの男、いつもいつも邪魔をする。
「先輩、儚日ちゃん大丈夫そうですか?会長はきちんと儚日ちゃん見つけたんですか?」
だが、今は少なくともみんなの良い副会長を演じなければ。できるかぎりの笑顔を貼り付けて。
「うん!近所?のお兄さんが体調悪いから迎えに来たみたい。残念だけど今日は4人で遊ぼうか。音ノ木さんはどれ乗りたい?」
すべては、あの時の清算の為に。
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ガチャン、ブルルルル。
久々に輝也さんの車に乗る。エンジンをかけてから輝也さんが話しかけてくる。
「どう?少しは落ち着いた?」
「はい、ありがとうございます。本当に。」
するとはあーっと深くため息をついてチッチッチッと人差し指を立てる。
「いいかい、ああいう男はすぐに断らなきゃだめだよ。いい気になってズケズケ来るんだから。」
「…それは。」
「それは?」
かつて私を殺した人だから。だなんて言っても信じてもらえないだろう。観念したのか輝也さんは話題を変えた。
「お昼まだでしょ?メック食べない?今日は特別俺の奢りー。」
「私もポテト食べたいです。とっても。」
転生した後でも、私はあなたを頼って生きてしまっている。それを痛感した一日だったのは言うまでもない。
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