第31話
だが撃たなかった。
「……クソッ!!!!!」
スロットルを戻して急減速し、機体を翻して高度を下げる。
強い縦の重力がハヤミを襲い、視界がぼやけて真っ赤に染まる。
目がむくんで全身の血が逆流するのをハヤミは感じた。
「俺は、戦いたいんじゃねえ! まだ、墜ちるわけにはッ……」
機体を地面にむけて直角にすると、スロットルのアフターバーナーを吹かして全力で推力を増す。
「墜ちるわけには、いかないんだ!!」
突如地面に向かって落ち始めたハヤミ機に、 無人機たちも後に続いた。
濃かった紺色の空が次第に青みを帯びていき、目の前に壊れかけの超巨大ヘリコプター、四枚羽根の対地攻撃機の背面が目に飛び込む。
その要塞のような外観に相応しい対空兵器がハヤミ機を向いて、一斉に銃弾を撃ち放って段幕を作る。
ばらばらに散らばる鉛弾に、近くで爆発する近接信管、それらの濃い段幕を飛び越え攻撃機の脇をかすめ飛ぶ。対地高度計がめまぐるしく回転し、それでもハヤミはスロットルを引き戻さず地面に向かって猛然と加速を続けた。
地面に、黒く燃え残った元高層ビル群跡地が映る。よく見れば地上侵攻軍が点々として見えており、それらが一斉にハヤミを見上げているその姿も目に見えた。
コーションアラートが、気が狂ったように警告音を発している。
タイミングを見計らい、ハヤミは操縦桿を引っ張り上げた。
「ここ!!!」
エンジンがうなりを上げ、フレームがきしみ翼が歪む。失速する寸前のふわっとした気持ち悪い浮遊感を感じながら、ハヤミはスロットルを開いた。
「あっがれええええええ!!!!」
対地高度計がぐるぐると左回転を続け、メモリが目まぐるしく除算され次第にゼロに近づいていく。ハヤミの乗る旧式機は、今かぎりなく地上の近くを飛んでいた。
「ひッ!!」
超高速で迫ってくる建造物の隙間をすり抜け、枯れた木をかすめ、隊列を組む歩く生体兵器たちのすぐ上を超えていく。
いつか見た彼らは、ハヤミの旧式機を見上げて目を広げていた。それを、機体を逆さまにして逆に見上げる。ハヤミは地上の彼らを、彼らは空のハヤミを互いに見ていた。
そして後ろから、無人機たちが銃弾を撃ち込んでくる。
ハヤミはフットペダルを左右に踏み込み位置を微調整した。
尾翼が風を抑制しスポイラーが開いて揚力をつくる、渦のような乱流が翼にまとい、吸い込まれた風が薄くて白い雲を作って後に続いた。
ハヤミは目の前に迫る廃墟に目を見開いた。
訪れる死の予感。飛びすぎるかつての町並み。そんなことで感傷に浸れる余裕もなく、地上の対空車両たちがおびただしい弾幕を広げる。
どこかで派手な音と衝撃が走り、右側パネルに警告ランプが灯った。
『警告!!』
「くそったれ! 何をやられた?!」
耳障りの悪い警告音とともに機械音声がけたたましく叫び、ただ警告表示が転倒されたことだけを何度も何度も繰り返した。ハヤミはリセットボタンを押してパネルを流し見た。
「右エンジンの、油圧異常?」
見ると油圧計の針がどんどん下がっており、鏡を見ると確かに、右がわのどこからか黒い煙が吹き出ている。
「エンジンは、生きてるのか?」
ジオの旧式予備戦闘機は異常を示し続け、煙を吐き出し続けながらそれでも空を飛び続けた。
後方から迫る無人機たち、合流した翼竜たちは容赦なく旧式機に迫り銃弾を浴びせる。だが、地上にいる対空機銃たちはハヤミの旧式機ではなくその後ろの翼竜たちも狙って機銃を撃ち続けていた。
静かな機内に、左右エンジンのうなり声だけが響く。左右の違い。コクピットを振るわせる異常振動。
外の景色は、いつしか雪山になっていた。
通り過ぎる火線の束が増して、自分たちの翼をかすめていく。警告灯をともす赤い光が増え、エンジンの異常温度と空調の異常を示しだした。
「まだだ、まだここで墜ちるわけにはいかないんだ……っ!」
ヒーターが止まりハヤミが機内で息をする度に、白い息が吐き出され手先が冷たく感じられる。
救いは、少女のぬくもりだった。
未だ少女は意識を戻さず眠り続け、少女の胸元で輝く赤いクリスタル状の回路は、未だに空の一点を示し続けている。
ハヤミは操縦桿を引き上げ、高度をとった。
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