第26話
だが遅かった。
声の主は死んでいた。重武装の警官か、兵士か何かのようだ。最初の爆発で、戦闘車両が体の上に乗り上げていたようだった。
キャタピラに潰され、残った上半身から銃だけを受け取りそっと目を閉じる。
まだあたたかい死体の目を閉じ、さらに上階を目指す。その途中、今度は見覚えのある何かを見つけた。
カズマだった。しかもなぜか手錠をかけられ後ろ手にされて、地面に座ってもがいている。
「おい! 何やってる!?」
「バカヤロウ早く助けろ!!!」
「だからなんでこんな所にいるんだよ! 今度は何したんだ!」
手錠されているのを知り、カズマには腕をこちら側に向けるよう言って目を閉じさせる。
「いいか動くなよ!」
「それでぶち抜くとか言わないだろうな? 頼むから言わないでくれよ」
「じゃあ言わないでぶち抜くからな」
銃口を手錠の鎖に突きつけて引き金を引き、カズマを自由にしてやる。
「やめろって、言ったろ! おい、その子どうした」
「言い訳は走りながら言う」
「どういうことなの」
物陰に隠れ、ハヤミは担いでいた少女をそっとカズマに託す。
「いいか、しっかり運べよ絶対に傷つけるな」
「だから誰なんだよこの子は」
そのとき、上空から再び白い少女らが、滞空しながらこちらへとやってきた。
数は二人。翼が焦げてはいるが、さきほど自分たちに飛びかかってきた個体とは明らかに違う様子。
ハヤミとカズマ、それから少女を見下ろして、彼女らの持つ銃のようなものを突きつけてきた。
「誰なんだよあの子は」
「伏せろ!」
一瞬だけ視界の中に太陽のような光点が入り込み、反射的にまぶたを閉じて物陰に頭を入れる。そのあと、頭の先や手や腕の表皮をかすめる土砂を感じる。次に生暖かい風、全身を襲う衝撃、耳の奥をつんざくような空気の刃、それから身を焦がすような熱を感じる。
ハヤミは咄嗟に身を伏せて助かった。もちろんカズマたちも助かり、互いに目を合わせて、互いの無事を確認した。
目の前にあったはずの瓦礫は、ない。
燃える町、空中を飛ぶ二体が、黙ってこちらを見ている。
「逃げよう」
ハヤミの提案に、カズマが声を震わせながら答えた。
「動けない」
カズマの言葉にハヤミは即座に動く。肩を貸して、もう一人地面に倒れる少女にも肩を貸し、空を飛ぶ二体の生き物たちに背を向ける。
これで撃たれたらもうおしまいだな。そう思っていると、また新たな音が近づいてきてハヤミ達のすぐ近くでホバリングを始める。
「おい見ろ!」
カズマが声を上げ後ろを振り向く。空を見上げると、そこには自分たちが普段職場で見ていたヤクタタズの武装ヘリコプターが飛んでいた。
ヘリコプターはゆっくりと下層から高度をあげてくると、ハヤミ達の近くに舞う空飛ぶ武器を持った天使然とした……生物兵器群に対し一斉掃射を始める。
撃たれた天使は穴だらけになった。赤いしぶきと白い羽根を残して、暗い地下の底に落ちてゆく。だが第二、第三の天使たちが降りてきて、武装ヘリを取り囲んだ。
周りから放たれる光状兵器の筋に、ヘリはフレアを撒いて応戦した。だが二基あるエンジンのうちの一つから、すでに黒い煙が出ている。
「行こう」
ハヤミはカズマに言った。
「行く? どこに! 仲間がやられてるんだぞどこに行くってんだ!」
「いいから行くぞ! オレたちに何ができるんだ」
「ああ分かったよ行くぞ! 俺は軍人だからな」
言うとカズマは地面に転がっていたお気に入りのヘルメットを拾い上げ、ぽんぽんと土を払うと頭にかぶって顎ひもを縛った。
それから傍らに置いてある自分のバイクを見て、なぜかちょっとだけ皮肉そうに笑う。
「俺は基地に戻る。俺は戦うぞ。俺たちの住む世界がどんなに酷くても」
ハヤミはそうか、と小さく言った。空ではついに耐えられなくなった武装ヘリが高度をとって逃げようとしていたが、追い打ちをかけるように天使のような形の生体兵器たちがそれぞれ追いかけ去っていく。
爆音は遠くなった。その代わり、どこかにヘリが墜ちて爆発する音が聞こえた。
「お前の乗る機体もあるだろう。帰ろう、俺たちの基地へ」
「悪いがオレは帰れない」
ハヤミはそう言って、カズマに肩の少女を見せた。
少女は未だ寝たままだった。それなのに、胸の光は煌々と赤く灯っている。
「そうか」
カズマも少女を見て表情を険しくしたが、さきほど去っていった空飛ぶ生体兵器たちの方を見て、それからハヤミと少女を見て眉間にしわを寄せる。
「帰ってきたとき、何かあったとは思っていたがまさか」
「違う、オレは裏切ったわけじゃない!」
「信じてるよ。俺は信じてる。俺たちは同じ仲間だし、小隊の落ちこぼれバディだ。けどお互いに、それぞれ別の道を歩むことになったみたいだな」
カズマはそう言うと、燃える町並みに向かってゆっくりと歩いていく。
「さよならだ、ハヤミ。空で会おう」
そして悲しそうな顔で、涙は流さず手だけを振って去っていった。
ハヤミは悲しい気分になった。だがこの感情も、実は作られた偽物の感情なのではないかと、思ったような気もした。
少女を担いでさらに上を目指す。
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