第4話 二人の呼吸

 なにもない空の上は、ひどく苦痛だ。

 さっきからハヤミの体を刺激するのは、アークエンジェルの静かかつ単調すぎるホワイトホール双発エンジンの回転音だけ。

『さっきのアトス教官の話だけどな、俺は正しいと思うぞ』

 ハヤミのアークエンジェルと隣り合って翼を寄せるように、カズマの黒いデュアルファングがぴったりと隣についてきた。

 白い機体と黒い機体、ふたつがそろって別空域へと進路をとる。二機の進む進路上には、なにもない灰色の空だけが広がっていた。

『ハヤミ、おまえは確かにチーム戦には弱い。アトス少佐の言っていたとおりにチーム戦になるとガタガタだ』

「ちぇっヌカせ、お前なんか人の足しか引っ張らねーじゃねーか」

『それは違う。俺のデュアルファングは偵察機だ。頭がないぶんフットワークが軽いアークエンジェルとは機体が性能が違う』

「チーム戦になったらさらに足手まといになるじゃねーか」

『お前はバカなのか。よく考えろ、チーム戦になったら、一人がアタッカーになって、もう一人が陽動もできるわけだぞ』

「陽動? 撃たれるまでまっすぐ飛べって言うのか?」

『そうじゃない。言ったろ、俺のデュアルファングは偵察機なんだ。それもポッドだって付いてる重武装型のな。お前が陽動して、お前のケツについた敵機を俺が後ろから撃てるんだ。それもデュアルファングのレーダーはアークエンジェルのよりもずっと高性能だ』

「イヤだね、撃たれるならお前が撃たれればいい」

『おいコラ、チーム戦だって言ってんの分かってるか? お前が避け続ければ誰も撃たれないんだよ』

「オレぁ逃げるのは嫌いなんだ。真っ正面から来る奴を、ぼっこぼこにしてやんのが筋ってもんだろ」

『筋もクソもあるかバカハヤミめ』

「ああ? なんか言ったか?!」

『ええ言いましたとも、お前の頭はスッカラカンってな!』

「なんだとこの頭でっかち!」

『んだとこの野郎!』

 デュアルファングから飛んでくる電波は怒っていた。しかし、二人が乗り込むハヤミのアークエンジェルとデュアルファングは、いつも通り粛々と空を飛び続けていた。

「よォし、分かった! カズマ、決着をつけようじゃないか!」

 ハヤミは言うと折りたたまれた格納式キーボードを開き、マザーに指令を出す。

 アークエンジェルは常に本国ジオノーティラスの中央管理システムマザーと交信を続け空を飛んでいたが、遠隔地にあるアークエンジェルと中央管理システムマザーの物理的距離の関係から、ある程度の独立した思考や指揮命令決定権をアークエンジェルのデータコンピュータは有していた。

「お前の言い分とオレの言い分、どっちが正しいか勝負で決めてみようじゃないか」

『ヘン! この空を飛んでるのに、誰がマザー様のお示しあそばされた航路を外れて飛べるってんだよ』

「まあ見てろカズマ。天才パイロットのハヤミ様が、どうやってアークエンジェルで地面に降りたか知ってるだろ?」

『脱獄か?』

 ハヤミはポケットから小さな記憶媒体を取り出し、座席シートの後ろに格納されているデータコンピュータの情報端末ソケットに入れ、キーボードのキーを叩いた。

「そこでしっかり見てるんだな」

『もしかしてそれ、俺が作ったゲーム用の』

「まあ細かい事はいいじゃないか。ほれ、もう動けるようになった」

 ハヤミはバイザーを降ろし、操縦桿を左右に軽く振ってみた。

 アークエンジェルはハヤミの指示通りに翼を動かし、左右、それからエンジンの出力調整、タービンの回転数を左右のエンジンで別々に上げ下げし自由自在に動き始めた。

 足をパネルの上に載せていたのをやめて、シートに深く座り直しショルダーハーネスをしっかりと締める。ハヤミはまだ模擬空戦プログラムが起動していることを確認するとさらにいくつかのコマンド……存在しないはずの命令をデータコンピュータに送り、存在しないはずのコードを実行させた。

 バイザー上ではまだ拡張世界が更新中で、上空には相変わらず索敵警戒中のフォックスが写されている。

「さあフォックス、うまく動いてくれよ。カズマ、チャンネルを切り替えてオレ様のアークエンジェルと同期しろ。模擬空戦といこうじゃないか」

『はァー? どうやって?』

「上を見てみろ!」

『上? うお、お前がいる!』

「さっきおまえらが言ってた、オレがチーム戦になると弱いって言ってたよな。そうじゃなくて強いおまえらがオレの足を引っ張ってるんじゃないかって思ったんだ」

『ずいぶんと強気じゃねーか』

「当然だろ? なぜオレ様が強いのか。それは、オレ様が強いからだ!」

『その減らず口を叩き割ってやるよ』

「できるものならやってみな。今のお前は自由だ、ついでにオレの分身もおまえにやる。フォックスはおまけだ」

 カズマのデュアルファングが翼を動かし、ゆっくりと補助翼を上下させる。フィンが開き、武装した自立ポッドが射撃可能状態になるまでチャージを始めたのが分かった。

『つまりお前は、この空域と拡張空間を使って俺と戦うと。二対一対一の模擬格闘戦ってことか、上等じゃないかクソハヤミ!』

「お前にオレは落とせない」

 頭上で哨戒飛行を続けていたフォックスの機影が、ハヤミ達めがけてゆっくり降下してくる。

『ほざけ!』

 一瞬濃い雲がハヤミ達を飲み込み、デュアルファンの翼が勢いよく雲をかき分けた。ハヤミのアークエンジェルは出力を上げて機体を持ち上げ、急旋回しながら下方へと軌道を修正する。その直後、チャージを終えたカズマのデュアルファングの翼下から伸びたフィンから、高圧縮光線が空中に放たれハヤミの直近をかすめた。

 四筋の飛行機雲が互いに絡み合い、黒と白、見える敵、見えない敵、それぞれがぞれぞれの翼を翻しながら雲の中を飛び交った。

 ……この戦いだって、端から見たらなんてくだらない戦いなんだと。ハヤミは思ったが、小さく嗤い首を振ると、ハヤミはもういちど気合いを入れて前方に意識を集中した。

 暗い雷雲がアークエンジェルとその周囲を覆い、視界はシャットアウトされる。

 アークエンジェルのレーダーは異常なく周囲を捉え続け機器はすべて正常に作動し続けた。

 ヘルメットのバイザー越しに見る空は、たしかに青かった。

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