そして僕らは(章分け)
名無しの群衆の一人
第1話 この世界のはじまり
地球は、まだ『球』という形を守って回っていた。
だがかつての地球はすでにそこになく、土は高熱兵器でほとんど燃えて硬質化しており、海は干上がり、地殻は動き、ひび割れ、山脈は割れて陥没し、塩化した海では消えることのない噴火が今なお新しい大陸を形成していたりする。
地球を覆うのは、放射能を帯びた黒い雲と、白いぼんやりとした霞だけ。
地磁気は乱れ、太陽が雲に隠れてから数世紀。
時とはなんだったか。
追われるように地中深く沈む大深度シェルターに住むようになった人類は、いつしか時を刻むこと、希望を持つこと、それから空を眺めることを諦めてていた。
「……オッドボールツー、助けてくれ。暇すぎて死んじまう……」
ジオノーティラスは、かつてその地にあった国の中枢にあった大深度地下シェルターで、その規模は都市一つ分の規模を持つ。自前の軍隊を有し、軍隊を維持するための独自の経済活動が認められた、自給自足可能な特別自治区だ。
戦争の際多くの人々が地上で燃えたあと、残ったジオノーティラスは地上にあった祖国の国権をすべて引き継ぎ、今に至る。
科学者が都市管理AIを設計し、評議会が全権をAIに委任してからさらに幾世紀。
いつしかAIは、ジオノーティラスの人々に希望を与えるようになった。
仮想的国、あるはずのない敵国を作り出し、ジオノーティラス軍は彼らと戦い、軍を支えるためには技術力や経済力が必要で、最後はジオノーティラスが敵に勝って終戦を迎える、これで、地球は再生するとうたったのだ。
ジオノーティラスは珍しく繁栄の時を迎えることができた。
希望は、人が生きる上で無くてはならないものだった。ただその時間が、あまりにも長く、そして霞や幻想のように曖昧だったのだ。
※
「だーれかいないのかーぁ……」
外部との通信が途絶えて、ずいぶんと久しい。
乳白色の翼、三角翼に肥大化したミサイルラックを胴に格納した、ジオノーティラス空軍の最新鋭機、アークエンジェルがゆっくりと雲の上を飛ぶ。
眼下には雷を伴う黒雲。つい最近までは、まだ生き残りがいるような兆候はあったのだ。
それを探して空を飛ぶのが、アツシ・ハヤミ少尉とその相棒カズマ・クロサキの任務だった。
「ホントにこんな空に誰かいるのかよー。ええー? カズマーぁ」
ジオの町にはまことしやかな噂が流れてもいる。
地球には、自分たち以外の敵はもういないらしい。
『そんなこと俺に分かるわけないだろー』
それでもアークエンジェルは、誰もいなくなった空を飛び続ける。航路がそこにあるからだ。
アークエンジェルは完全自動航行だった。だから乗員が任務中にやることは、アークエンジェルの動作を目視でチェックするだけ。
アークエンジェルは偵察任務を一人でやってくれた。それはジオノーティラスの管理AIマザーが示したとおりの、管理された作戦行動でもあった。
ジオは管理社会だった。
地球で一番強力な、空飛ぶ棺桶。
アークエンジェルの隣を併走する黒塗りの偵察機は、デュアルファングという。ハヤミのバディで友人のカズマ少尉が操縦する対地攻撃機。ハヤミの任務は、敵の迎撃機からこの友軍を守るのが任務だった。
地下要塞ジオノーティラスの管理者AIは、アークエンジェルのマザーコンピュータを介していつも同じ言葉を繰り返した。
ー異常ナシー
ハヤミは何度目かのあくびをした。
「カズマ。緊急事態だ。暇すぎて死んじまう。緊急事態を宣言したい」
『オッドボールツー、宣言を拒否します』
ハヤミ達の任務はすでに何十時間も続いていた。
他の分隊も、きっとハヤミたちと同じような航路を飛んでいるのだろう。
「暇っ! あー、暇すぎる……なあカズマぁ、この何もない空で、オレに何をどうしろと? ええ? オレたちゃこんな世界で、いったい何をどうすりゃいーんだ」
『それを探すのが、俺たちの仕事だろーが』
ハヤミたちのミッション内容は “休戦中の敵国支配空域を、強行偵察せよ”だった。だが、ここまで何もないと兵士の士気も下がるものだ。
任務の建前だけはとても立派だが。
ないものはないので。
「へーへ。カズマ様は相変わらず真面目なこって」
シートに浅く腰掛け裸足になっていたハヤミは、脱いでいた裸足を手荒にブーツに突っ込むと、ブーツの空洞の中で指をピロピロと動かす。
それ以外にやることがないのだ。腕は頭の後ろで組んでいる。
アークエンジェルの操縦桿が、一人でゆっくりと動く。
「何もない……」
『……そうか?』
カズマが気の抜けたような声を出した。だがよく耳を澄ましてみると、無線の中になにか電子音とおもちゃのような音が聞こえた。
機体が偏り……ついでに、間抜けな顔をしたハヤミの体もシートの端にかたよる。
「あー……なーにかおもしろーいものがー」
サインランプが点滅し、窓の外に見覚えのある雲が見えてきた。
大きな嵐の目。
本日の任務ポイントらしい。
ハヤミはふたたび、大きくあくびをした。
「着いたおーぉ」
『おう。んじゃ、ちょっくら仕事してくるわ』
ハヤミが今の時刻を行動予定表にチェックしていると、アクリルガラス越しの窓の向こう側でカズマのデュアルファングが翼を翻し降下していった。
覗いていると、翼の下にごてごてとついたフィンやレーザー射出口、自立射撃ポッドやドローン格納庫などが目に入りデュアルファングの兵装が見える。それら一式を翼の下に格納したデュアルファングは、ハヤミが上空から見守るなかゆっくりと雲の下に降りていった。
「無事に帰ってくんじゃねーぞー」
『お前こそ、そのまま事故っちまえ』
「そりゃあムリだ。オレ様のアークエンジェルは、超優等生なんでな」
『おーたーがーいー様、だな。大人しくしてろよハヤミ』
カズマのデュアルファングが雲の下に飛び込み見えなくなる。空域には、デュアルファングの残した飛行機雲がうっすら残った。
その筋雲もすぐ見えなる。
たった一人残されたハヤミは、眼下に広がる渦を巻いた嵐雲を見た。
そこにあるのは、大きな目を持つ台風。一つの地点に固定して渦を巻き、周囲に雷雲と雨をもたらす。
目の中心地にはかつての古戦場があり、そこには今でも、かつて世界中に戦争の傷跡をのこした飛行空母の残骸が残っている。
この飛行空母は動かない。だがその飛行空母周辺に敵性勢力がいるとマザーはしてしていた。
だからハヤミたちとその他ジオの空軍は最新鋭機に乗り込みこの周辺をパトロールすることを日課としていたし、その都度最新鋭機が開発されると、ハヤミは新しい機体に乗り換えてまた空を飛んだ。
技術革新は続く。ジオの技術力は上がる。経済は回る。人々は生きる。敵は未だ見つからず。
もうどこにも敵はいないなんて、みんな知っている。だがここで人々が進歩するのを辞めてしまえばジオが没落する。だから、人々はすべてを知っていても知らないふりをして、マザーの言うとおりにいないはずの敵を探しているのだ。
「……あーあ」
その時。
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