暁の一番星

奥平 舞依

序章

 時間は暁、光聖は国からの研究費で購入した時価三百万テレスの望遠鏡を覗いていた。

 目線の先には紅く輝く星、アテネ。光聖の研究対象である。アテネは終末を示す星である。それが今暁の空に輝いているのは世界の危機な訳で……

「これは……、大変だな」

 光聖もそう言った。

 しかし、大変とは言いながらそこまでの焦りは感じられなかった。なぜ光聖は焦っていないのか、別に命に無頓着な訳ではないし、と考えている訳でもない。

 光聖が焦っていないのはただ単に世界の終末終わりについて対処するのは光聖の仕事ではないし、どうにかしてくれる人が光聖の知人にはいるからである。

「これは、天文台に報告して、大佐に伝えて貰おう」

 アテネの報告書を書いていると太陽が昇り、空が白け、アテネは見えなくなった。光聖の研究室兼自宅の窓にも日が差し込んできた頃書き上がり光聖もいい加減眠たくなったので寝ることにした。

「午後にでも届ければいいか……」

 そう言って、集中力が切れた光聖はふらふらとベッドの中へ沈んだ。


 昼頃、光聖は起きた。

 時計を見て清掃時間の近付くいつも行っている銭湯へ走り、帰り道に大好きなアップルパイを買い、家に着くと適当に腹ごしらえをして、身なりを整え、国立天文台に報告書片手に向かった。

 光聖が暮らす国は北半球で最大規模を誇る軍事大国=聖タラゼド連邦国である。国立天文台は国家予算一年分を投入して創設した機関であり、幹部研究員として登録されている光聖はなかなかに優秀な人材である。

 軍事大国とはどこもそうなのかもしれないが、とにかく能力のある人はどんな身分、年齢、学歴であろうとそれ相応の評価と環境を与えてくれる。光聖が弱冠十七歳で幹部研究員に抜擢されたのも光聖の能力が評価された結果である。

「おい、坊やここは学生が入っちゃいけない場所だよ。天文学がどんなに好きだとしてもここにいらっしゃる先生方には会えないよ」

 入り口に立つ警備員に止められてしまった……。 光聖はやや不機嫌そうな顔付きで身分証を出そうとした。

「おいっ、新人!オメェ馬鹿なのかぁ⁈こちらにおわすのは光聖・コールサック・ヒッパルコス幹部研究員だぞ!」

 いつも入り口に立っていた警備員が休憩でもしていたのか煎餅のカスを新人にぶっかけながら飛んで来た。

「新人なら仕方がないですよ。僕だってこの方が言った様に学生です。彼は言う場所以外間違ってなんかないんですよ」

 ここで揉め事なんか起こしたくないし、苛ついたことは確かだが、新人なら仕方がない。何度か経験している。

「すみませんねぇ、お……、じゃねぇや、私が退職することになりまして、こいつが今度からここの警備担当になることになりやして、今は研修期間なんですわぁ。すみませんねぇ本当に」

 独特の訛りの初老の警備員とはちょっとした顔見知りだ。彼に免じて、とまではいかないけれど、

「大丈夫ですから。でも、僕も急ぎの用の場合もあるので、今度からはノーチェックで通りたいのでよろしくお願いします」

 そう言って営業スマイルで受付へ進んだ。

 受付で身分証を提示し、筆頭研究員をお願いします、と言う。

 すると、

「大変申し訳ないのですが、ヒッパルコス様は、研究会へ出席の為海外へ出張中でして……どうしましょうか。第三位研究員のサンタージュ様はいらっしゃるのですが」

 受付嬢がそう言ったので、ではサンタージュさんをお願いします、と言ってしばらく待合室で出されたお茶を啜っているとサンタージュはやって来た。

「やあ、やあ、光聖君。ごめんなぁ、お祖父様の代わりにこんなろくでなしがやって来て。で、アテネの報告書を持って来てくれたんだっけ?」

 光聖はサンタージュがあまり好きではない。理由は、サンタージュが悪意のない人を不快にさせる言葉が無意識のうちに出て来てしまう、という特異体質だからである。

「いえ、これを軍の更級さらしな大佐に届けて頂きたくて。お願いします」

 お前の発言を皮肉だと思わないやつはお前だけだよ!いつもよりもどぎつい皮肉だし! 光聖は内心苛々しながらも営業スマイルで、早々に切り上げて帰路に着いた。


 ***


 街はクリスマスシーズンなので緑や赤で華やかに装飾された店が軒を連ねていた。


「ねぇ、あれ買ってよぉ〜」

「えぇ〜、高いなぁ……でも、い、い、よ」

「やったぁ」


「クリスマスの日、予定ある? ないんだったら一緒に……」

「ごめんなさい」


 そんな風に誰もいない浮かれていた終末終わりに向かう世界の聖夜間近––––––光聖には出かける様は素敵な人がいなければ、そんか用事もなかった。それでも、クリスマスには祖父と共に夕食を食べる予定もあるので多少は浮かれていた。

 そんな光聖が浮かれ気分ではなくなったのはクリスマス前日––––––クリスマスイブである。


「はぁ⁈ それどういうことですか! 僕の報告書しっかり読みましたか? なのにこんな返答を寄越したんですか⁈」

 国立天文台の小会議室の中に光聖の怒鳴り声が響く。

「まあまあ、光聖君。そんなに怒らないでよ」

「こんな返答を寄越されて怒らない方がおかしいですよ」

 こんな返答とは、先日光聖が提出したアテネの観察報告において、このままでは一年以内に世界が終わると書いたにもかかわらず、アテネの輝く時間は第三段階に入っており今から世界を立て直すのは困難なので諦めよう、というものだった。

「世界が滅ぶと知っているのに何もしないなんて、知らないでのうのうと生きているよりも愚かなことですよ⁈」

「まあ、それは国立天文台こっちの管轄じゃないのは光聖君も知っているでしょ。仕方ないよ、ね」

 サンタージュはそう言って取り合ってくれない。

 確かに世界が滅ぶから今後どうするかを考えて対策するのは天文台の仕事じゃない。軍部の仕事だ。それでも報告書の内容を鑑みて正当な結論に至っていない現状を看過出来る程悠長な事案でもない。

 この世界の終末終わりが懸かっているのだ。

 この世界は何度も何度も創り直されている。世界が致命的に駄目になる前にカミサマによって世界の理を少しずつ変えながらこの世界は生き永らえてきた。

 この世界は第四世界––––––創世の時代より数えて四つ目の世界。人間族、妖精族、甲爬族、精霊族、聖霊族の五つの種族が互いに協力したり争いながら暮らしている。今までの失敗を繰り返さないように過去のキオクを持った人がたまに存在しており、その人達のキオクからも様々な学問が成立した。天文学もその一つである。

 ただ、キオクを使って世界を救うにも限界が存在する。さっき光聖が言われたように、どんなに人が訴えかけても無駄なことがあるように、キオクを持った人がいたにも関わらず第二世界、第三世界と二回もこの世界の住人は失敗を繰り返した。恐らくは一年経たないうちに人々は三回目の失敗を犯す。


 誰も、この世界を救おうとしなければ。

 誰もが、この世界に抗うと決めなければ。

 たった一人で立ち向かう誰かがいないままの世界ならば。

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