ある夜の想い人からの着信に
てつ
第1話
これはある大学生の話。
梅雨の足跡が残る初夏の夜だった。
いつものようにシャワーを浴び寝間着に着替えた僕は、体にまとわりつくような生暖かい湿気に少し嫌になりながらも布団に入りしばらく読み進めていた小説を開いた。
高校生の頃から読んでいるシリーズ物で作者の文章も馴染んだものだ、静かで心地よい。
かすかな眠気を手繰り寄せながら、まぶたが落ちてくるのを待っていた。
ブルルルル、ブルルルル。
枕元の携帯が誰かからの着信を知らせている。こんな時間に掛けてくるような友人に心当たりはなく、少し不審に思った。
画面を見るとドキりとして、携帯を持つ手に少し力が入り体を直ぐに起こした。
彼女からだ。
同じ大学の学部に通う彼女とは1年の頃から仲が良かったが、友達付き合いが長くなってしまったせいで、それ以上の関係に進むことが躊躇われるほど仲良くなっていた。一呼吸を置いてボタンを押す。
「もしもし?」
声を聞くだけで気持ちが前のめりになった。感情が声に乗っていないか不安になりながらも話を聞く。
内容としてはたわいもない話で、共通の友人に会って話をした、というものだった。それでも嬉しかった僕は一生懸命彼女の話を聞こうと相槌を繰り返す。
「ごめんね、急に。」
「全然いいよ。そういえばー」
この時間を途切れさせたくなかった僕は新しい話題を振ろうと試みた。しかし、彼女の好みには合わなかったのか、会話はすぐ終わってしまった。
「じゃあね、また明日。」
「うん、おつかれさま」
名残惜しくもあったが、しつこい男と思われたくない僕は精一杯背伸びをして大人になろうとする。
まだ話そうと言えたら。自分の気持ちに素直になれない不甲斐なさを感じながら、通話終了を告げる音が耳を打つ。
はあ。
女々しい自分に情けなさを感じつつも、いつもより少しだけ満たされた気持ちで部屋の電気を消した。
夏の夜の湿気は気にならなくなっていた。
ある夜の想い人からの着信に てつ @iroN37
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