メガネさんと読書くん
B星
メガネさん
俺には好きな女がいる。
俺はそいつのことを『メガネさん』と呼んでいる。そのものずばり、メガネをかけているからだ。
メガネさんには、メガネ以外特徴がない。
俺はこの高校ですごくモテる。周りにはいつも女がいる。メガネさんがメガネを外し、その女たちに紛れたら、区別がつかなくなるのではないかと思うくらい特徴がない。
気になりだす前から、メガネさんのことを知ってはいた。同級生だ。同級生の顔は全員覚えている。でも、それだけだった。
ある日の放課後。周りの女たちに嘘をついた。今日は用事があるから図書室には行かない、と言った。俺は図書室にいることが多い。俺目当ての女たちは図書室に集まってくる。その女たちに今日は行かないと印象づけるため、少しの間教室で時間を潰した。
帰宅するフリをして、図書室に向かった。校門を出て、ついてきた女たちをまいて、校舎内に戻った。上履きを使わず、学校のスリッパを使った。
誰もいないと思った。この曜日の、この時間に図書室にいるのは、俺目当ての女だけだと思っていた。窓の近くの席に、一人の女がいた。
俺は図書室や図書館で本を読むのが好きだ。本を読むこと自体が好きだが、それだけではない。図書室や図書館の雰囲気も好きだ。それも、怖くなるほど静かな、何かが出てきそうなほど不気味な、
苦労して、しつこい女たちをまいた。久しぶりに誰もいない図書室を堪能できると思っていた。
俺は肩を落とした。
その女に話しかけられると思った。でも、女は話しかけてこなかった。それどころか、俺が図書室に入ってきたことにすら気づいていないようだった。ずっと、机に視線を落としたままだった。
試しに、一番離れた正面の席に、向かい合うように座ってみた。こちらを
俺はその女を観察した。
普段、女たちに視線を向けられている。こんな風に女をじっくり観察する機会はそうない。
メガネをかけているその女、メガネさんは無表情でノートを見ていた。感想ノートを見ているのだろうと思った。いつも貸し出しカウンターに置いてあるノートがなかった。
ゆっくりとページをめくっていたが、急にページをめくるスピードが速くなった。
俺は本を開いて読みはじめた。
ガタッと音がした。俺がいることに気づいて驚いたのだろう。メガネさんはそのまま動かなくなった。俺に話しかけるでもなく、ノートをめくるでもなく、ただそこにいた。視線を感じていたので、顔を上げることはしなかった。しばらくすると、メガネさんは静かに図書室を出ていった。
貸し出しカウンターに向かった。ノートを手に取り、書き込みがしてある最後のページを開いた。日付とメッセージが書いてあった。今日のものではなかった。もしかしたら、メガネさんが何か書いたかもしれないと思ったが、何も書いていなかった。
次の日から、メガネさんの視線を感じるようになった。メガネさんが俺のことを見るようになったのか、俺がメガネさんのことを気にするようになったのかは、わからなかった。
「ちょっと、何やってるのよ! あなたが好きなのは、あのメガネじゃないでしょ! あの
生徒会長の幼馴染の女に、急に怒鳴られた。あの
メガネさんの視線が変化した。今までは、真っ直ぐに俺のことを見ていた。俺が少しでもメガネさんの顔を見たら、すぐに目が合うくらいに遠慮なく見ていた。窓ガラスなどに映る姿で、それを確認していた。
目が泳ぐようになった。俺のことを真っ直ぐ見なくなってしまった。
俺は落ち込んでいた。メガネさんの視線が好きだった。いつの間にか、メガネさんのことを好きになっていた。
「私は! 彼女と! 付き合うことにした!」
生徒会長が真っ赤な顔をして、報告してきた。俺と生徒会長は友人だ。恥ずかしい言い方をするならば、親友ってやつだ。
祝いの言葉を述べた。
生徒会長は眉をひそめた。俺の言葉遣いが悪い、なぜ何回注意しても元に戻ってしまうのかと怒りはじめた。こうなると長い。祝ったつもりが、厄介なスイッチを入れてしまった。
俺は黙って本を読んでいることが多いからか、おとなしいやつだと思われがちだ。だが、そんなことはない。内面はこんなで、口も悪い。
ただし、本当の自分を見せる相手は選んでいる。イメージと違うと騒がれても、うっとうしいだけだからだ。
生徒会長の幼馴染の女が、俺の好きな女だと思っているあいつは、俺の内面を知っている数少ない友人だ。そして、その友人は親友の彼女となった。
嫉妬心などはない、心から祝福している。いや、嫉妬心はある。俺もメガネさんとそうなりたい。
メガネさんは、本当の俺のことをどう思うだろうか。
おとなしく紳士的な俺でないと受け入れてもらえないだろうか。様子を見ながら小出しにしていけば、大丈夫だろうか。
親友と友人の実った恋に触発されてしまった。
メガネさんと目を合わせたくなってしまった。今までは、逃げられてしまうかもしれないと合わせないようにしていた。逃げられそうになったら、思いきって声をかけてみることに決めた。
目は合わなかった。
メガネさんは俺のことを見ていた。見ていたが、目は合わなかった。顔よりも、もっと下のほうを見ていた。
本を移動させてみた。右手に持ったり、左手に持ったり、上げると見せかけて下げてみたりした。
何日間もかけて確認した。メガネさんの視線は本を追いかけていた。視線は本に向けられていた。
なんだか恥ずかしくなった。メガネさんは俺のことを見ているのだと思っていた。もしかしたら、勘違いだったのかもしれない。
メガネさんは、俺の持っている本に興味があるだけなのかもしれない。他人がどんな本を読んでいるのか気になることもある。感想ノートを読んでいた。何かおもしろそうな本はないかと、探していたのかもしれない。
だが、引き下がるつもりはない。
普通に声をかけてもよいが、それではつまらない。
メガネさんの視線をあと二十センチほど上に、どうやって向けさせるか思案した。
俺は本にカバーをつけている。表紙は見えるほうが好きなので、透明なカバーを使用している。それを不透明な紙のカバーにしてみるのはどうだろうか。
俺の手元を見たメガネさんは、どうするだろうか。驚いて顔を上げるのではないだろうか。
驚いた表情のメガネさんと目が合う。
楽しみだ。
もしも失敗したら、次の手を考える。最終的には、本を顔のところまで上げてしまおう。それはそれで、おもしろそうだ。
いつものカバーの上に不透明な紙のカバーをつけた。
メガネさんが現れるのを今か今かと心待ちにしながら、開いた本に視線を落とした。
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