きりん

マツダシバコ

きりん

 きりんは僕の通う店にいた。

 「首が長いからきりん。そう覚えてね」

 初めて会った日、彼女はそう言って僕にショップカードを手渡した。

 それから服を脱いだ。

 ここはそういうサービスを行う店だからだ。

 きりんは僕の股間を丁寧に覗き込むと言った。

 「小さいわね」

 「えへん」僕は腰に手をあててシンボルを突き出してみせた。

 「任せて。こういうの得意よ」

 そう言うと、きりんは僕の股間に顔を埋めた。

 1回、2回、、、3回目の瞬きをする前に僕はイってしまった。

 「何だか、あっと言う間だった気がするな」

 「だって、あっと言う間だったもの」きりんが言った。「どうする?時間までまだたっぷりあるし、もう一度やってもいいけど」

 「いや。もういい」

 「じゃあ、時間までお話でもしましょう」

 僕らは並んでベッドの縁に腰をかけた。

 彼女は僕を見下ろした。

 きりんの顔を見るのは、僕には月を見上げるような遠さだった。

 「本当に小さなお客様」きりんはそう言って笑った。

 「ネズミみたいだろ?」僕は言った。

 実際、僕はねずみなのだ。

 「ねえ、私の首に登ってみたい?」

 彼女の声はひどく虚ろでゆっくりだった。

 「登ってみたいね」僕は言った。

 「いいわ」

 彼女はずっと遠くを見たまま言った。発達した顎の筋肉がこりりと動いた。

 沈黙が広がり、僕は戸惑った。

 「どうやって登るんだい?」僕は尋ねた。

 「想像してみて」

 「何を?どんなふうに?」

 「私の首を登るところ」

 「よしきた」僕は目を閉じて想像してみた。

 「どんなふうに登るの?右から?左から?ゆっくり?それとも早く?まっすぐに?それともくねくねと蛇行して?」

 「右から螺旋状にノンストップで」僕は答えた。

 「いいわ。じゃあ、想像した通りに登ってみせて」

 きりんは夢でも見ているみたいにぼんやりと言った。

 僕はきりんの首に駆け上がった。

 彼女の首には太い血管が何本も通っていて、力強く波打っていた。

 僕はぐるぐると螺旋状に耳の近くまで登りつけると、その首筋に歯を立てた。

 「あっ」

 きりんは色っぽい声を上げるとそのまま崩れ堕ちてしまった。

 「あなたの愛撫って最高だわ。首筋がゾゾゾって。あんなの初めて。あなたはどうだった?」

 「僕だって最高さ。君の大きな長い舌さばきにイチコロでイッってしまったもの」

 「私たちって、きっと相性がいいのね」

 きりんが手を差し出して、僕はその手にハイタッチをした。

 その時、ブザーが鳴った。プレイ時間の終了の合図だ。

 僕は慌てて服を着て出口に向かった。

 ブザーが鳴ってから3分以内に部屋を出ないと、店の警備班がやってきて罰金を徴収される上に、強制的に追い出されるシステムになっているのだ。

 「またきてね」

 「きっと」

 僕は長すぎるトレンチコートの裾を扉の隙間から引き上げた。

 パタリ、と扉は閉まった。

 扉は一度閉まると、外からは開けられないシステムになっているのだ。

 こうして僕はこの店の常連になった。


 店に行くかぎり、僕はキリンを指名した。

 僕らはでこぼこコンビだったが妙に馬が合った。

 僕は彼女の長い舌が気に入っていたし、彼女は僕の首筋の愛撫を絶賛した。

 プレイ時間は120分あったが、とにかく僕は3分でイってしまう。

 何度もチャレンジするほどの体力もない。

 でも、特にそれで不満はなかった。

 僕らはプレイが終わると、ベッドの縁に並んで腰をかけた。

 まるでボートで湖に乗り出すように。

 薄暗い部屋の中でとりとめのない静かな会話が始まる。

 喋るのは大抵、きりんだった。

 僕はこのゆるやかな時間も気に入っていた。

 ねずみとして生まれてこのかた、せかせかと働くこと以外知らなかったのだ。

 「ねえ私、昔はこんなに首が長くなかったのよ」きりんが言う。

 「どうしてそんなに長くなったんだい?」

 「私が願ったから」

 「どうして首が長くなりたかったんだい?」

 「私って、首がすごく感じるでしょう?もっと。もっとって望んでいるうちに、どんどん首が長くなっていったの」

 会話の合間にはときどき欠伸も混じる。きりんはまるで夢うつつで、眠そうな目で遠くを見ている。

 「じゃあ、願いが叶って何よりだ」

 「そうね。私はこの首をすごく気に入っている。だって、本当にこの首の感度って最高なの。でも私、こわいの」

 「怖い?」

 「こわいのよ。眠るのが。ねえ、私もうずっとベッドに横になって眠っていないの」

 「どうしてさ?」僕は首を傾げた。

 「横になったら二度と起き上がれなくなるんじゃないかって。私、心配なの。それに、横になったら血液が一気に流れ込んで、頭が爆発しちゃうんじゃないかって。そんなことばかり考えてしまうの」

 僕はきりんの首を見上げた。それはそそり立つペニスのように太い血管を携えて、波打っていた。

 僕はきりんの頭から精子が噴射するところを想像して、慌ててそれを打ち消した。

 「まさか」

 「でも、もしも頭が爆発したらって。そう思うと怖くて、眠れないの。

 だから私、天井からネットを吊るして、首を支えてるの。

 もう私、ずっと長い間、熟睡なんてしていないのよ。

 寝ても、覚めても、夢の中にいるみたいにおぼろげで、、

 ねえ私、怖いの。

 私は多くを望み過ぎてしまったの?

 私は多くを望み過ぎてしまったのかしら?

 私は、、、多くを、望み、過ぎ、、、、、て

 きりんの言葉は霧の中に消えてしまう。

 僕はきりんの首に駆け上がり、耳元近くで歯を立てる。

 「あっ、あっ、やっぱりこの首って最高、、、」

 きりんはイってしまう。


 店には女の子を守るためのさまざまなシステムが備わっている。

 まず、店の入口はスロットマシーンになっていて、パネルを3枚揃えないと店内には入れない。

 そのプレイ代が1000ポイント(約1万円)。

 絵柄が揃った女の子をチェンジしたい場合には、女の子へお詫び料としてさらに1000ポイント(約1万円)。

 女の子を指名する場合は、指名料として1,000ポイント(約1万円)。

 もちろん、店のサービスを受けるための料金も別途かかる。

 つまり、ある程度の財力がないと利用できないシステムなのだ。

「私たち女の子は守られてるの」

 人気がない女の子でも稼ぎが出るように、スロットの出目を調節しているらしい。

 「チェンジのお詫び代だけで1日5万円も稼いだことがあるのよ」

 きりんは言った。

 「君が人気ないなんて信じられないな」

 「私なんて、ぜんぜんよ。だって、きりんだもの。指名してくれるのはあなたぐらい」

 僕はフロントまで迎えにきてくれたきりんと部屋に向かう。

 きりんが壁のスイッチを押すと、僕らを乗せたパネルはネオンピンクに発光し、前後、左右、斜めと自由自在に滑るように進んでいく。

 店内の廊下はパネルパズルのようになっていて、巧妙に経路を割り出し二度と同じルートを使うことはない。

 そういうシステムなのだ。

 「これも女の子を守るためなんだね?」

 「そうよ」

 僕はあまりのスピードに振り落とされないように、きりんの足にしがみつく。

 きりんは首の付け根を両手で押さえている。

 ムチウチ症になったら大変だ。

 僕らは後から遅れてスライドしてきた入り口の扉を開けて部屋に入る。

 プレイが終わると、僕らは横に並んでベッドの縁に腰をかける。

 何しろ時間はたっぷりとあるのだ。

 「でも、どうかしら?私たちは本当に守られているのかしら?実はただ単に管理されているだけなんじゃないかって、最近そう思うの」

 きりんは虚ろな目を遠くに向けてとりとめもなく話し続ける。

 「だって、変なのよ。私たち女の子は店から帰る時、専用の地下通路を使うでしょう?

 プライバシーを守るために女の子はそれぞれ違う通路を選んで帰っていく。

 道は複雑な迷路のようでどこにどう向かっているのか、ぜんぜんわからない。

 でも、ふと気づくと、そこに出口が現れるのよ。

 その扉を開くと、私の住む街に繋がっている。

 どの通路を選んでも、扉の向こうは必ず私が住む街と繋がっている。

 見慣れた商店街があって、知ってる店があって、もちろん私が住むアパートの扉に鍵を差し込むと、扉は開く。

 間違いなく、私の住む街で、私の住むアパートの部屋だわ。

 私は毎日、規則正しい生活をして、平和に暮らしている。

 でも、それにも関わらず、本当にここは外の世界なのかしらって思ってしまうの。

 もしかして、ここが私を軟禁するための飼育小屋だったら?

 私が自由と思い込んでいる生活は常に監視されていて、すべての行動を管理されているとしたら?

 最近、そんなことを考えてしまうの。

 考えてしまう、、のよ、、。

 だって、あなた、、あっ、、、」

 僕はきりんの首に駆け上がった。

 きりんは雷に打たれたように体を痙攣させて、口を半開きにしたままフリーズした。

 僕はきりんの首を滑り降り、彼女を見上げた。

 「君は最近、心配をし過ぎている。きっと眠れないせいだな。あんまり深く考えすぎない方がいいよ。考えたからって解決できない問題もある」

 「ずるいわ。私が一生懸命に話しているのに、、、。考えるなって言われても、考えてしまうのよ。だって、、、あっ、あっ、、」

 僕は再びきりんの首を駆け上った。

 「だったら、軟禁されているとして、その目的は何だと思う?君のことを監視したからって、いったい何の得があるっていうんだい?」

 「ひどいわ。そんな言い方。私はただ、、あ、あ、あっ、、」

 僕が尻尾の毛を逆立てて、きりんの首筋をなぞると、きりんはベソをかきながらイってしまった。

 「あなたって、ひどい人。でも、私たちはやっぱり最高のコンビだと思う」

 きりんは言った。

 「君は僕を3分でイカせることができるし、僕は君の首筋を誰よりも上手に愛撫できる」

 「私の首に登れば、あなたは遠くが見渡せるし、私が目が届かない足元の細々としたものはあなたが見つけてくれる」

 「僕は辛辣なもの言いの行動派。君はのんびり屋の妄想家」

 「ね、最高のコンビでしょ」

 「然り!」

 僕らはパチリと手を合わせた。 

 「ねえ、お願いがあるの。私を外に連れ出してくれないかしら?私、店の正面から外に出てみたいの。そこが私の知っている街と本当に同じ場所なのか確かめてみたいの」

 「さあ、それはどうかな」僕は言葉を濁した。

 「どうして?私たち、最高のコンビなんでしょう?」

 「しかし、外の世界では、僕と君では立場が違いすぎる」

 きりんは長い首をうなだれた。

 「傷ついた?」

 「いいの。ただ、言ってみたかっただけ」

 「僕はずるい男かな?」

 「そんなことないわ。あなたが言っていることは間違えていないもの」

 お詫びのつもりで僕はいつもよりチップを多く差し出した。

 「ありがとう。でも、今日は素直に受け取る気になれない」

 きりんは涙を隠すように後ろを向いた。

 僕は長すぎるトレンチコートの襟を立てて、部屋を出た。


 僕は街でいちばん高いタワーのてっぺんに立っていた。

 足元には見渡すかぎり街の夜景が広がっている。

 「ふむ」

 僕はカツカツと音を立てて、革靴を履いた義足を前後に動かして歩いた。

 「ふむ」

 僕は義手をはめた手を後ろ手に組み、窓の外を眺めた。

 このタワーは僕のタワーであり、僕が手に入れた景色だった。

 僕は眼下で揺らめくネオンの数ほど財産を持っている。 

 しかし、今となってはそれが何なんだと思う。

 間も無く僕は寿命を迎えようとしていた。

 最近、心臓が痛むのだ。

 つまり僕は、与えられた心拍数を間もなく使い果たそうとしている。

 僕が死ねば、財産なんて僕にとって何の意味もなくなる。

 がむしゃらに働き過ぎて、僕には妻も子供もいなかった。

 僕の前から財産が消えるのか、財産の前から僕がいなくなるのか、死は不思議なものだ。

 僕は義足と義手を外した。

 今まで自分を大きく見せようと、背伸びをして努力をしてきたが、もうそれも必要ない。

 僕はとうの昔に疲れていたのだ。

 僕はただ、最後にきりんに会いたかった。


 スロットを100回してもパネルは揃わなかった。

 おそらく、きりんが僕に会うことを拒否しているのだ。

 店は女の子を守るシステムなのだ。

 僕は店の脇のインターホンのボタンを押した。

 「きりんに会いたい。金はいくらでも出す」

 僕がそう告げると、黄金色に輝く裏口は開いた。

 僕は案内係と称する怖い男に連れられて、きりんの部屋に向かった。

 「変なことをしたらタダじゃおかないぜ」

 部屋の扉の前で男は凄んだ。

 「しないよ。約束する」

 僕は男に驚くほどのチップを渡した。

 男は黙って去っていった。

 僕は扉をノックした。

 「どうぞ。入ったら?」

 きりんは扉を内側から開いて、つっけんどんに言った。

 僕は部屋の中に入った。

 「もう、会いたくなかったのに」きりんは言った。

 「でも、君は扉を開けた」

 「あなたがお金で買収するからでしょ。会ってあげなさいって、店長から言われたのよ」

 「すまない」僕は帽子を脱いだ。「しかし、僕は考え直したんだ」

 「何を?一体何を?」

 「僕らは最高のコンビだ。それは店の中にいても、外にいても変わらない」

 「今さら、そんなこと言われても、、」

 「だから考え直したんだ。君が正しかった。僕らは最高のコンビだ。それはどこにいようと変わらない」

きりんは何も言わずに、空中に浮かぶマンボウのように、ぼんやりと遠くを見ていた。

 「あっ、、」

 僕は思わず彼女の首を駆け上がってしまった。

 「ひどい」

 きりんは怒って泣き出した。

 「ごめん。つい」

 「外の女の人には急にこんなことをしないはずよ。やっぱり、あなたは私のことを風俗嬢だって見下してるのよ」

 「違う。違うんだ」

 「あ、あっ、、」

 彼女をなだめようとして僕はまた思わずきりんの首に手をかけてしまった。

 不可抗力で彼女はイってしまった。

 今度は彼女は何も言わなかった。

 「本当にごめん。ただ、君を手放したくない一心で」

 「あなた、すごく顔色が悪いわよ」

 「そんなことないさ。君の気を引きたくてそんなふうに見せているだけなんだ」

 きりんは少しだけ笑った。

 「今日は君を身請けしにきた」

 きりんはこの店に売られたわけではなかったが、店の女の子と付き合うには、本気度を示すために店にそれなりの金額を支払う必要があった。これも女の子を守るシステムの一部なのだ。

 「身請けって言ったわね?」

 きりんは仁王立ちになり、相当上から僕を見下ろした。

 「そうだ。外に出たら結婚してほしい」

 「あなた、身請けにいくらかかるか知ってるの?あなたのお小遣い程度じゃダメなんだから。それに、身請けは他の女の子や従業員のみんなに見送られるのよ。しょぼい身請け金じゃ、花一本飾ってもらえなくて墓地みたいな花道になっちゃうんだから」

 「全財産を君に捧げる」

 僕は胸に挿したバラをきりんに差し出した。

 「でも、でも、、」

 「でも?」

 「私、表から出たことなんてないのよ。もしかしたら首がつかえて出られないかもしれない。そうしたら、みんなの笑い者よ」

 「首がつかえたら屈めばいいさ」

 「そんな!四つん這いになったりしたら、お尻の穴が見えちゃうかもしれないじゃない。あんなところをみんなに見られたら、私、私、、、」

 僕は落ち着くように、彼女の手を握った。

 「なあ、君はレディだろ?スカートを履いているじゃないか。お尻の穴は見えないよ」

 「でも、でも。だって、だって、、」

 きりんは首を振り回してブルルンと鼻息を吐いた。

 僕は彼女の首をぽんぽんと叩いた。

 「ねえ私、怖いの」

 「わかっているさ。でも、僕がいる」

 

 こうして、僕はきりんを身請けすることになった。

 部屋の壁に設置された「身請け」のパネルとげんこつで叩くと、金を積み上げるための金ピカのトレーが現れた。

 僕はそこにあるだけの金を置いた。

 パクンと飲み込むようにパネルが閉まり、しばらく沈黙があった。

 そして、ひとりでに扉が開いた。

 僕らは手を繋いで扉の外に出た。

 廊下のパネルに足を置くと、途端に華やいだ色の電飾がともり、ファンファーレが鳴り響いた。

 廊下の両サイドに立った女の子やスタッフたちが、バラの花びらを撒き散らし、僕らは白馬に先導されて出口へ向かった。

 「満足かい?」僕は彼女に囁いた。

 「最高よ。夢みたい」

 そう言う彼女の大きな瞳には、ネオンサインの星やハートマークが映り込んでいた。

 さて、いよいよ出口という時、きりんは足を踏ん張って動きを止めた。 

 「ねえ私、やっぱり怖い」

 そこに店の支配人がしゃしゃり出てきた。

 「こういう子はたまにいるんです。でも、ご安心ください。対処します。こちらはサービスです。追加料金は一切、いただきませーん」

 きりんはラッパのような大きな装置で噴出されて、外に放り出された。

 お尻の穴は結局、丸見えになった。

 でも、まあいい。

 

 外に出てしまえば、ただの何でもない街の風景だった。

 「どう?君の知る街とどこか違っている?」僕は聞いた。

 「そうね。同じみたいに見えるわ」

 きりんは気が抜けたように言った。

 「少し歩こうか」

 僕らは横に並んで歩き出した。

 時折、きりんが立ち止まって振り返った。

 「ねえ、あなた。いつもより動きが遅くない?いつもの機敏さはどうしたの?」

 「僕なんて、外の世界に出れば、ちっぽけなものさ」

 僕は肩をすくめてみせた。

 「それに足も引きずっているみたい」

 「走り続けてきたからね。ガタがきているのかもしれない」

 「ねえ、私の肩に乗って」

 「よせやい。かっこ悪い」

 「強がらないで。だって、私たち夫婦なんでしょう?」

 僕はきりんの首につかまった。

 「さあ、どこに行こうかしら?」

 「気持ちのいいところがいい」

 「私、知ってるわ」

 きりんは体を揺らして歩き出した。

 その揺れが僕にはゆりかごのように心地よく感じられた。

 

 僕らは川原に出た。

 浅瀬の砂利の上に静かに水が流れていた。

 辺りには黄色いタンポポや白いクローバーの花が揺れていた。

 まるで天国みたいだと僕は思った。

 「私、子供の頃にこの河原で遊んだ記憶があるわ」

 僕は記憶の糸を手繰り寄せた。

 「僕もここで遊んだのかもしれない」

 「子供はみんなここで遊ぶのね。きっと」きりんが言った。

 この街の象徴であった僕のタワーは跡形もなく姿を消していた。

 そのタワーは通称:キリンタワーと呼ばれていた。

 どさっと音がして、その衝撃で僕の体は宙に浮いた。

 慌てて音の方を見ると、きりんが仰向けに寝転んでいた。

 「はあー、いい気持ち」

 きりんは手足を広げて伸びをした。

 僕はその様子をハラハラしながら見ていた。

 「ねえ私、頭に血がのぼって爆発して死んじゃうかもしれないけど、でもいいの。だって今、とっても幸せなんだもの」

 「僕もさ」

 僕もきりんの横に仰向けになった。

 とてもいい気分だ。

 僕らは今、同じ高さの空を見ている。


 

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きりん マツダシバコ @shibaco_3

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