第4話『想う思いは光を灯す』

 樫野かしの葉月はづきの捜索が始まってから1週間の時が流れていた。だがしかし、捜索に全くの進展はなく、警察も手詰まりな状態となっていた。校内には防犯カメラもなく、その行方不明事件に関する情報もほぼ皆無とあればもはや尽くせる手は残されてはいないだろう。このままではもう葉月が見つかる可能性は絶望的な状況なのは間違いなかった。一方で、残された篠崎しのざき風花ふうかは地獄のような日々を送っていた。ただでさえ、今もなお行方不明である葉月の安否が不安で仕方がないのに、拍車をかけるような『捜索の難航』という絶望的な事実が舞い込んできて、もはやまともな生活など送っていられない状態だった。そしてそれと同時に初めて『葉月』という存在を失って、彼女がどれだけ風花自身にとって大切な存在であったかを思い知ることとなった。葉月は風花にとって、太陽のような存在だった。そんな太陽を失った者はもう光り輝くことなんてできないのだ。今までもずっとそうであった。どんな時でも葉月が傍にいてくれて、風花が困ったときにはそっと手を差し伸べて助けてくれた。葉月がいたからこそ友達ができたり、1歩前へ踏み出せるようになった。そんな大切な存在を失った風花にとって、今の状況はまさに地獄と呼ぶのにふさわしいものだった。たとえどんな人であろうとも、おそらく葉月の代わりになる人なんていやしないだろう。だからこそ、風花は葉月との再会を望み、彼女の帰りを待ち焦がれていた。


「――葉月、あのね。私、葉月に言わなきゃいけないことがあるんだ……」


 月の光が差し込む学校の教室。こっそりと誰にも見つからないように学校に忍び込む風花。1週間不在の葉月の席に座り、机にうつ伏せになってまるで本人に話しかけるかのように話を切り出す。


「私、葉月のことが好き。その明るい性格も、元気な笑顔も、まるで騎士みたいに私のことを守ってくれるところも全部好き」


 そして自分が隠していたその想いを言葉にする。それは単に友達としてではなく、1人の女の子として、恋愛の対象としてのものであった。風花は自分の性格上、その想いをなかなか伝えられずにいた。臆病な心がそれを妨げていたのである。


「私には葉月が必要なの……だから、お願い……帰ってきて、葉月」


 そしてそんなタイミングでの葉月の失踪。葉月に言いたかった言葉を伝えることができなかった風花。そんな自分の臆病おくびょうさを悔やみながらも、やはりできるのであれば葉月に戻ってきてほしい、そう切に願う。


「うっ、うぅ……会いたいよぉ……」


 そしてついに抑えていた風花の「会いたい」という想いが限界を迎え、それが涙となって溢れ出してしまう。1週間溜め込んでいた想いはとてつもなく多く、それが一気に波のように押し出してくる。でもそんな願いを呟いても、残念ながら葉月が見つかるわけではない。それは風花もわかっていたことだった。

でもあまりにも葉月と会えない時間が辛くて、苦しくて、心が張り裂けそうになるほどで、もう子供みたいに泣きじゃくってわがまま言う他なかったのだ。


「はづきぃ、会いたい……会いたいよぉ!」


 その風花の想いを何度も何度も、くどいほどに繰り返していく。その最中にも、葉月との楽しかった思い出や、幸せな思い出を思い出しながら。でも次第に自ら虚無感を覚え始め、その声が弱くなっていき、その願いを叫ぶことをやめてしまった。結局のところ、これが何になるわけでもない。相変わらず葉月はいないまま。だからもう諦めて、このままここで眠りにつこうと風花はそっと目を閉じていく。


「――あれ、ふー……か?」


 その時だった。待ちに待ち焦がれた、風花にとって忘れられはずもない聞き馴染みの声が聞こえてくるではないか。


「え――」


 そんなまさか、と風花は思っていた。あれだけ探して、これだけの時間が過ぎても見つからなかった彼女がひょっこりと現れるなんてこと、誰もが信じたくても信じられないだろう。そんな半信半疑の風花はゆっくりと自分の顔を上へと上げていく。


「葉月!? 今までどこ行ってたの!? すっごく心配したんだからねッ!」


 そこにはやはり『樫野葉月』がいた。正真正銘、どこからどうみてもそれは樫野葉月であった。足もちゃんとあるし、体がすりぬけるなんてこともなかった。間違いなく彼女本人が登場したのだ。風花はすぐさま立ち上がり、葉月の元へと行って珍しく大きな声を上げて自分の溜め込んだ思いを葉月へとぶつけていく。


「あっ、えと、ゴメンね、風花。なんか心配させちゃったみたいで」


 葉月も葉月でどうやら予期せぬ突然の事態だったようで、急なこの状況に少し戸惑っているようだが、すぐに申し訳なさそうに風花に謝罪をする。


「バカ、葉月のバカ!」


 葉月に抱きつきながら、葉月のことを軽く叩いてそう罵倒する風花。そこには会えた嬉しさと、突然いなくなったことへの怒りような感情が入り混じっていた。


「ごめん……本当にごめんね……」


 葉月は相変わらず泣きじゃくっている風花の頭をそっと優しく撫でながら、心の底から謝る。不本意だったとはいえ、やはり風花を悲しませたことには違いない。大切な人を失う悲しみは、葉月自身も今回のことで痛いほどに思い知らされた。だからこそ、余計に罪悪感や申し訳ない気持ちに苛まれる。


「――ねえ、葉月」


 それから少しして落ち着きを取り戻した風花がそっと葉月の名前を呼ぶ。


「ん?」


「私、葉月のこと好き」


 そしてそのままの勢いで自分が隠していた真の気持ちを葉月に告げていく。もう二度と起きてはほしくないけれど、今回みたいに伝えたい想いがまた二度と伝えれなくなる前に。やっぱりやらないで後悔するぐらいなら、やって後悔したほうが気持ちがいいから。


「え? ええっ!?」


 そんな突然の告白に、口を開けて驚愕している葉月。葉月にとって、その告白はあまりにも意外なものであった。そんなふうな素振りはなかったし、まさかそうだとは思いもしなかった。


「だから、もし葉月が私のことを愛してくれるなら、いつまでも一緒にいて?」


「うん、私もふーかのこと大好き。だからいつまでも一緒にいよう」


「もう二度といなくなっちゃ嫌だからね……」


「大丈夫だよ、ふーか。もういなくならないから、絶対に」


「絶対だよ? 絶対の絶対のぜーったいにだからねっ!」


「ふふっ、わかったって」


「――でも、今までどこいってたの?」


「んー……それが私にもうまく状況説明できるか怪しくて……」


 風花のそんな質問に、自信なさそうにそう答える。今回の事件が現実離れしたものなだけに、それは仕方のないことであろう。


「んん? どういうこと?」


「じゃあ、今から私が言うこと……信じてくれる?」


「ふふっ、当たり前でしょ? たとえこの世界の誰もが信じなくても、私だけは信じるよ」


「うん、ありがと。じゃあ順を追って説明するとね――」


 葉月は今までの出来事を簡潔に説明を始めていく。こことは違う世界にいたこと、そしてそこには『風花』という存在がいなかったこと。そしてその世界は微妙にズレが生じていること。そしてその世界で眠りについたところでその世界の記憶は終わり、目を開けたらどういうわけか今度は元いた世界に帰ってきていた、と。


「そんなことがあったんだ……」


 風花は葉月のまるで幻想のような事柄が並んだ説明に、まるで想像が追いつかずに理解ができなかったが、とにかくありえないような現象に葉月が遭遇したという事実だけは信じることにした。


「そう、あっちの世界でもちゃんと『意識』はあったから、なんか変な感じだった」


「でもそれは正真正銘の悪夢の世界だよね」


「え? どうしてそんなことが言えるの?」


「だってこっちが本来いるべき現実の世界でしょ?」


「……そうだね、ふーかのいない世界なんてありえない」


 葉月にとってあちらの世界は記憶もないし、元の世界とのズレもある。そして何より『風花』がいない。そんな世界が悪夢の世界でなければ、何だというのか。だからこそ、あの世界を否定するのようにそんな言葉で、葉月は自身を安心させていた。自分自身の中にある不安を掻き消すために。


「うん、私も葉月のいない世界なんてありえない」


 そんな葉月の言葉に風花も同じような思いで、葉月に同じ言葉を返す。


「よしっ、帰ろっかっ!」


「うん!」


 葉月の帰還で、2人にも笑顔が戻ってきていた。まるで亡霊のように生気を失っていた風花も、太陽の光を取り戻したように光輝いている。同じように意味不明な世界で苦しまされていた葉月も、それこそ太陽のように眩しい笑顔をしていた。まさに平和が訪れた瞬間であろう。結局のところ、あの世界に飛ばされた理由はよくわからなかったが、でも無事に葉月は帰ってこられたのだ。引き裂かれていた2人にとっては、それは何より嬉しい事実であろう。これから警察や葉月を探してくれた人たちへの事情説明や、学校のことなど色々と問題は山積みだけれど、今日のところはそんなことは考えず、ただただ再会の喜びを分かち合う2人なのであった。

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