第15話 明かされた真実

 朝が開けた。小屋の隙間から、朝日が入って来た。

 姫は、お城の布団の中ではなく、狩猟小屋のワラの中で目を覚ました。


 そうか。昨日の出来事は夢ではなかったのね。父を失い、母と弟を失い。

 気が付けば、どこの誰とも知らない若者と二人で逃亡の旅に出ていた。

 若者の裸体をのぞき、自分の裸体をさらし、二人で生きていける努力をしようと決めた。


 昨日一日で、一体どれだけの事があったのか、数える事も出来ない。


 優香! がんばれ! 何があっても、お日様は昇るのよ。


 彼女は自分自身に言い聞かせていた。こうでもしないと、恐ろしさと不安で押しつぶされそうになるからだ。


「お早うございます! 優香様、よく眠れましたか?」


 新之助が、のそりと小屋に入ってきた。手には、池で釣って来たのか、何匹かの魚をぶら下げていた。


「優香様のお口に合うかどうか、わかりませんが、そこの池で釣って来た魚です。朝ごはんは魚にしましょう」


 そういうと、小屋の前に小さな石を並べて火を起こした。その中に小屋にある炭を入れて少し煽ると、炭に火が萌え移って赤々としてくる。


 魚の内臓は既に川で抜いて来たようで付いていなかった。小屋から竹クシを出してきて器用に魚に刺して、それを地面に突き立てる。小屋の中には、塩が備蓄してあり、魚全体に行き渡るように軽く振りかける。


 新之助が魚を焼く準備をしている間に、優香も鍋に水を入れて、昨日の夜の食材を入れて火にかけた。


 魚が焼けて、煮物に火が通るまで、なぜか二人とも喋らなかった。二人とも、お互いに昨日の出来事を考えているようだった。


 優香は、新之助の袖口からチラリと見えるたくましい胸を見るたびに、昨日の昼に見た彼のたくましい肉体とその下に付いている男を示すモノを思い出してしまい、身体がうずき出しているのを感じていた。

 新之助は、昨日の夜、月の明かりの下で見てしまった優香の美しい肉体を思い出して、自分のモノが大きくなってしまわないように、一生懸命気を紛らわそうとしていた。

 お互いが、お互いを意識しないようにする、不思議な空気が流れていた。


 ぱち、ぱち、ぱち。

 魚の脂に火が回って、魚の焼けた良い匂いがしてきた。


 どちらからともなく、


「さあ! 朝ごはんにしましょうか!」

 と声を掛け合って、焼き魚を食べ、煮物を味わった。


 ご飯を食べていたら、やっとお互いの気まずい雰囲気も、和んできたようだった。


「優香様、それではご飯も食べ終わったので、旅支度をして下さい。もう少ししたら、出発しましょう。あと少し頑張れば、目的の里に着きますから」


「はい! 新之助様、今日もよろしくお願いいたします!」


 優香が着物を整えて、馬のところに行くと、新之助が馬に水をやっているところだった。

 タテガミを優しく撫でながら、馬に話しかけていた。


「あと少しだからな、頑張ってくれよ!」


 ブヒヒーン!


 馬にも新之助の気持ちが伝わったのか、元気に雄叫びをあげていた。


 また、二人で馬に乗り走り出した。


 昨日に比べて、二人の動きは見違えるように良くなっていた。二人共乗馬経験があるから馬に負担をかけない乗り方が出来る。しかし昨日の乗り方は、二人がバラバラに馬の上で動いていた。


 しかし今日は違った。二人の身体がピッタリと重なる事で、より馬に優しい乗り方が出来るようになっていた。

 馬のリズムに合わせて腰を動かすのは変わらないが、新之助の腰と優香の腰が一分の隙もなく付いているのだ。隙間がない事で二人のリズムが完全に一致していた。


 昨日の夜、新之助に自分の裸体を晒した優香だからこそ、出来る事なのであろう。


 腰をピッタリとつける事で、昨日のような、新之助の後ろからの突き上げが無くなったおかげか、それとも昨日の夜のあの経験なのかはわからないが、優香の身体の火照りは今日はやって来なかった。


 そうやって走り続けて、やっと新之助の里の入り口までやって来た。


 ***


 しかし、里の入り口には不思議な女達が立っていた。


 そばの木には、彼女達の肌着が無造作に立て掛けてあった。それはすなわち、今の彼女達は着物の下には何もつけていない事を意味していた。

 彼女達の胸元は、乳輪が見えるか、見えないか、ぐらいに襟をはだけさせているようだった。

 ひときわ映える真っ赤な口紅が、彼女達の今の気持ちを、良く表しているようだった。


「新之助ちゃーん! せっかくぅー貴方を待っていたのに、なんでもっとスグに里に戻って来なかったの? もうわたし達我慢できなくて困っちゃうー。新之助ちゃんの男で、早くわたし達のカラダの火照りを静めてー」


 そう言いながら、女達は着ている着物の裾や胸元をパタパタさせている。着物がパタパタと揺れるたびに、女達の肌があらわになる。


 新之助は、進路上に女達がいるので、馬を止めて、あからさまに嫌そうな顔をする。前に乗っている優香にはその表情はうかがい知ることは出来ないが、気配は察することができるのだ。


「あら、新之助ちゃんと馬に乗っているそこの女? 私達の新之助ちゃんに何しているの。まさか、新之助ちゃんをたぶらかそう! なんて考えているんじゃないわよね」


 女達は馬の上の優香を見ると、大げさに嫌そうな顔をして言い放つ。


「新之助ちゃんは、私達と遊ぶのよ! ねえ、新之助ちゃーん」


 女達は着物をヒラヒラさせて、腰を艶めかしく振りながら、新之助と優香が乗っている馬に近づいてくる。


「早くー! そんなションベン臭い小娘を置いて、私達とそこの草むらで楽しい事をしましょうよーッ」


「優香様、ちょっと待ってて下さい」

 新之助は優香にそう言うと、進路上にいる女達に退いてもらうために、迷惑そうな顔をしながら馬から降りて女達の方に向かって歩いて行く。


―――


(え? 新之助様には女性の遊び友達がいるの? しかも、みんな私より大きな胸だし、魅惑ありそうだし。まさか、新之助様は里ではこんな彼女達を毎晩相手にしているのかしら?)


 優香は、突然現れた女達の新之助に対する予期せぬ行動に面食らってしまった。


 確かに優香も、昼間は真面目そうな城の若侍達が夜になれば連れ立って女遊びに出かける、そうして後日、若侍の所に夜の女がお金をせびりにくる、というところを何度も目撃していたのだ。だから優香にとっては、若い男の行動は予測が出来ないことも多かった。


(でも、私は新之助様を信じるって決めたのよ。だから、あんな女の人達と遊んでも、最後は私の所に戻って来ると信じるのよ。優香!)


 新之助と女達の話し合いが解決するのを、優香は馬の上でじっと待つしかなかった。


(ああ! あの女の人達にイヤラシイ手つきで身体中を触られても、新之助様ったら「イヤイヤ」しているだけでそれ以上拒んだりしてないわ)


 新之助が女達に手出しが出来ないのを見て、優香は本当に心細かった。


(どうしましょう! 女達は新之助様が拒否しないから、ドンドン大胆になって来ている。ついには、新之助様の股間もイヤラシイ手つきで触り出したわ!)


 心なしか、新之助の股間が大きく膨らんできたように見える優香だった。


(どうしましょう、あの女達と新之助様を取り合えば良いのかしら……)


 優香は、色々な意味で新之助の動きを食い入るように見ていた。


(恥ずかしいけど、私も新之助様の股間を、あの女達と同じような手つきで触ってあげれば、新之助も喜んでくれるかしら?)


 優香が新之助と女達のことで色々と一人で悩んでいると、そこへ現れたのは……


―――


「アラ! アラ! あんた達、私の弟に何してんの!!」


遠くから、大きくて張りのある女性の声が聞こえて来た。


「アンタ達、わたしの弟と遊んでも一銭にもならないわよ! 早くこの辺りから出て行きなさい!!! さもないと、里の人間を呼んでくるよ!」


 新之助の姉であるイチが、ちょうど里の外から帰って来た所だった。

 おイチは、馬をさっそうと走らせて、アッと言う間に優香の乗っている馬の横にくる。


「そこの美人のお姉さん、心配しなくても大丈夫だから、そんなに気にしないで。私の弟はそんな遊び人では無いわよ、私が保証するから。この女達は、何か魂胆があって、弟を誘惑してるだけだからね」


 イチはそう言って優香に優しく声をかける。


「弟は、女と子供には何があっても手が出せないのさ!」


 そう言って新之助と新之助を誘惑しようとする女達に向かって叫ぶ。


「お前達、サッサと退散しないと、本当に里の者を呼ぶわよ!」


 イチに脅かされた女達は、仕方なく新之助を誘惑するのを止めて、木に掛けてあった肌着を掴むと、里から離れる方向に慌てて走り出した。

 それと同時に近くの林に潜んでいた仲間たちも女達に従うように逃げ出した。


 しかし、彼女達は最後に捨て台詞として、恐ろしい事実を優香に伝えていった。


「お前の父親を斬ったのは、そこの新之助だよ! よくもまあ、そんな奴と一緒に馬なんか乗れるわよね!」


 優香はその言葉を聞くと、目の前が真っ暗になっていった……

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