第6話 「……」
〇島沢真斗
「……」
ずっと…ハッキリさせないまま、ずるずるとここまで来た。
で…
やっと…なのかな。
決定的な場面に出くわした。
事務所の近くにあるバイクショップの前。
鈴亜が、ヘルメットを持って…邑って人のバイクに寄りかかってる。
その隣には、友達もいる。
僕がそれをずっと見てると…鈴亜と目が合った。
「あ…」
鈴亜はヘルメットを落として…呆然と僕を見てたけど…
…何だか、笑えてしまって。
僕は、小さく笑うとショップとは反対方向に歩いた。
すると…
「まこちゃん。」
背中に、鈴亜の声。
今まで聞いた中で、一番の低さだな…なんて思った。
「……」
呼ばれたから…立ち止まった。
そして…呼ばれたから…振り返った。
「何。」
もしかしたら、僕も今までで一番低い声だったかもしれない。
人間って不思議だな。
楽しい事があると、キーは高くなるのに。
怒ったり悲しかったりすると…どうして低くなるのかな。
「あ…あ、何って…どうして声かけてくれないの?」
鈴亜は…可愛い顔はどこへやら…
動揺と、戸惑いと…何だろう…怒り…?
「……」
どうして声かけてくれないのか…って…
それは…
鈴亜が他の男と僕、二人と付き合ってなければ…声もかけれたかもしれないけど…
「すぐ、そこにいたなら…声かけてくれてもいいのに…」
…鈴亜にとっては…普通の事なのかな?
そう思うと…また笑えてしまって。
「…そうだな。」
つい、小さく笑って言ってしまった。
だけど、それが鈴亜は面白くなかったみたいで。
「あたし…あたし、別に悪いことなんかしてないからね。」
急に、強気な態度でそう言った。
別に悪い事じゃない…か。
確かに…もし、鈴亜が正直に話してくれてたら。
男友達に、バイクに乗せてもらうんだ。って…話してくれてたら。
僕はきっと、えー、いいね。って…言えたと思う。
だけど…鈴亜は何も言わなかったし…
彼は男友達じゃなくて…鈴亜に本気になってる男だ。
「誰がそんなこと聞いた?」
「まこちゃんの目が、そう言ってるわよ。」
…もう顔に出ちゃってるか…
「…これが、鈴亜の言う、青春?」
「悪い?」
「……」
そっか。
鈴亜の言う青春は…
彼氏に内緒で、バイクに乗せてくれたり、キスしたり、本気になってくれる相手を持つ事…?
もう、それって立派な二股だよね。
不思議と、鈴亜に対して腹が立つと言うより、自分自身が情けなくなった。
恋人の目を自分に向けさせていられない、僕の魅力不足。
確かに、彼は男らしくてかっこいい。
…僕には、ない。
そして、誰かを好きになる事を…止める権利は、恋人にだってない。
単なる…僕の力不足だ。
「…もう、終わりにしよう。」
何の自信も無くなって、下を向いたままそう言う。
「……え?」
「お互い、その方がいいだろ。じゃあ。」
「ち…ちょっと待って!!」
もうダメだ。
神さんには、退くなって言われたけど…
もう全然自信が持てないや…
「終わりって…」
歩き始めた僕の腕を取って、鈴亜はさっきとは違う…困った顔。
「…そういうことだよ。鈴亜は、俺とじゃだめなんだろ?」
つい…『俺』って言ってしまった。
似合わないって自分で思ってたけど、そうでもないなー…なんて。
こんな時に、何考えてんだろ…
「だ…誰もそんなこと!!」
「…俺と結婚することは、青春を終わらせることなんだろ?」
「…あ…」
鈴亜はショックな顔をしたけど…大丈夫だよ。
彼が慰めてくれるはずだから。
「…友達が待ってるぞ。」
鈴亜の髪の毛をクシャクシャっとして、歩き始める。
…これはこれで…最後に男らしく出来たんじゃないのかな…
って。
そんなのどうでもいいよ。
もうこれで…いいんだ。
誰かと自分を比べる僕が弱かっただけ。
鈴亜には…
あの人の方が似合ってる。
〇高橋佐和子
「り…鈴亜…大丈夫…?」
どうやら…男の天使が鈴亜の彼氏だったみたいで…
彼氏は、鈴亜の頭を撫でて歩いて行ったけど、これはどう見ても…
「…佐和…」
鈴亜はあたしの腕にしがみつくと。
「あたし…どうしよう…バカだ…」
ポロポロと泣き始めた。
「…今の、彼氏?」
「…フラれた…」
「え……」
「あたし…バカだった…」
あ…ちゃー…
そ…そりゃ…邑さんとの出会いのキッカケを作ったあたしも…
胸が痛いよ…
う…うーん…
「…と…とりあえず…バイクに戻る…?邑さん…心配するよ…?」
あたしがそう言ってなだめると。
「あたし…邑さんに言う…」
「え?」
「彼氏が…いるって、言う。」
「えー!!でも…」
こ…殺されない!?
今でこそ、誘われたい人ナンバーワンって言われるほど、ワイルドでカッコイイ人だけど…
邑さん、昔は有名な族で大活躍してた人だよ~!?
口止めされてるから、言わなかったけどさあ!!
あたしの心配をよそに、鈴亜は涙を拭いて顔を上げると、ショップに向かって歩き始めて。
「…邑さん。」
まだしゃがんで話し込んでる邑さんに、声をかけた。
「ん?ああ…待たせて悪いな…どうした?泣いてんのか?」
邑さんが立ち上がって、鈴亜の頬に触れようとしたんだけど…
鈴亜は一歩退いてそれを拒んで。
「あたし…彼氏がいる。」
低い声で言った。
「……」
「……」
邑さんとケンちゃんが無言であたしを見て、あたしは…眉間にしわを寄せて首をすくめた。
でも…!!
彼氏がいないなんて、言った事ないし!!
「…ま、おまえに男がいるのは気付いてたし…いても不思議じゃねーけど…今更どうした?」
え!?邑さん、気付いてたの!?
「…あたし、やっぱり彼氏が好きだから…もう邑さんには会わない。」
鈴亜の強い声。
「…ちょっと待てよ…」
「今まで、ありがとうございました。さよなら。」
鈴亜は邑さんにヘルメットを渡すと、スタスタと歩いて行ってしまった。
「おい!!鈴亜!!」
あたしは、駆け出しそうな邑さんの腕を取って。
「すっすいません…ちょっと、聞いて下さい。」
勇気を出して言った。
「…ああ?」
「…鈴亜、さっき、そこで彼氏に会って…」
「…え?」
あたしは、さっきの事を邑さんに話した。
ついでに…あたしの思った事も。
きっと、鈴亜は…ちょっと異空間に夢を見てしまったんだ…って。
で…それを彼氏に見られて…
我に戻った…と。
「…どんな奴だよ…鈴亜の男って。」
邑さんは、ほんのり赤い目…
…本気だったんだ…
「…天使みたいな人でした…」
「はあ?」
「いや…本当に…天使みたいに可愛くて…」
「……」
「邑さんとは…正反対な感じ…」
「……」
それから…邑さんは無言で…バイクには乗らず、押したまま歩いて行ってしまった。
あたしはケンちゃんに手を振って、バスで帰って…
「…鈴亜…平気かなあ…」
本当に…友達として、鈴亜を心配した。
〇朝霧光史
「……」
「……」
「…おい、誰か止めた方がいいんじゃねーか?」
俺がそう言うと、スタジオを覗いてた聖子と知花が振り返った。
「…そう言うなら、あんたが止めて来てよ。」
聖子に目を細めて言われたが…
何となく、理由が鈴亜の事に違いないと思えて、足がすくむ。
今日、俺達はリハはないが…取材の後でフラッといなくなったまこが、帰って来てからずっっっっっ……と、スタジオでピアノを弾いてる。
それも…もう二時間ぶっ続け。
「…まこちゃん、クラッシックなんて弾くんだね…」
かすかに漏れてくる音を聴いて、知花が言った。
元々クラッシック畑にいたまこ。
バンドを組んでからは、俺達の前でそれを弾く姿を見かけた事はない。
「あれっ…まだ弾いてんのか?」
帰り支度万端のセンが、俺の後ろから小窓を覗いて言った。
「ああ…指がイカレちまわねーかな…」
俺が心配そうに言うと。
「…ま、たまには無茶したい時もあるもんだよ。ほっといてやろ。」
意外にも、センはそう言って。
「じゃ、お先に。」
手を上げて帰って行った。
無茶したい時もある…か。
「……それもそうだな。」
俺は小さくつぶやくと、かぶり付きで眺めてる聖子と知花を残してその場を去った。
陸は嫁さんと出かけるからとか言って、早くに帰った。
俺もたまには瑠歌を外食にでも連れて行ってやろうかな…なんて思いながら事務所を出ると…
「…鈴亜?」
事務所の外に、鈴亜がいた。
「…お兄ちゃん…」
「…何やってんだ?」
とりあえず…まこの事は…本人が言うまでは、何も言うまいと思って問いかける。
「…ううん…ちょっと、通りがかったから…」
時計を見ると、六時。
確か親父は今日…オフのはず。
「おまえ、こんな時間にウロついてたら、親父に叱られるんじゃねーか?」
鈴亜の頭をポンポンとして言うと。
「…どうして父さんに叱られるの?」
鈴亜は不思議そうな顔で言った。
あ。
そうか。
親父…まこには門限を言い渡したクセに、自分が門限を出したって鈴亜には言ってないんだっけな…
門限を破って叱られるのは、鈴亜じゃなくて…まこだ。
「…親父、おまえの事可愛くて仕方ないからな。」
「……」
「…帰らないのか?」
動きそうにない鈴亜の足を見て言うと。
「…ううん…帰る…」
鈴亜は元気のない声で言った。
まこを待ちたいのかもしれないが…
今日は無理な気がする。
あんなに集中してクラッシックを弾いてるまこ…
下手したら、倒れるまで弾きそうだ。
ま…センの言う通り…
無茶したい時もあるよな…。
「おまえ、勉強してんのか?あっと言う間に受験だぜ?」
鈴亜の隣を歩きながら言うと。
「…そうだね…」
めちゃくちゃ暗い声。
俺が知ってる限り…人生最大の落ち込み方をしている鈴亜な気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます