第5話 「まこちゃん、クッキー食べる?」
〇島沢真斗
「まこちゃん、クッキー食べる?」
ルームで譜面を並べてると、知花が楽しそうな顔で入って来た。
「え?うん。いただこうかな。」
「じゃ、お茶入れるね。」
知花はクスクス笑いながらお茶を入れて。
「さっきね、聖子と浅香さんがロビーでケンカしてた。」
そう言って、僕の前にカップを置いてくれた。
「あ、ありがと…聖子と浅香さん、日課みたいだよね…」
ほんとに。
あの二人、いつもケンカしながら歩いてる感じ。
なのに…上手くいってるなんて不思議だ。
「知花は…神さんとケンカする?」
「え?んー…今はないかなあ。」
知花は僕の隣に座ると、小さな缶を開けてクッキーを取り出した。
「美味しそう。いただきます。」
二人でクッキーを食べてると…
コンコンコン。
ノックと共に…
「何だ。二人かよ。」
神さんが入って来て…
「おかーしゃんっ。」
ノン君とサクちゃんも入って来た。
「あれっ、今日二人とも来てたんだ~。」
可愛い二人を目の当たりにすると、どうしても嬉しくて…目尻が下がってしまう。
「まこちゃ~。」
サクちゃんが走り寄ってくれて、僕はサクちゃんを抱っこする。
「なにたべてゆの?」
サクちゃんはテーブルの上を見て、興味津々。
「あ…おやつの時間なんだー。」
「じゃ、俺もいただこう。」
そう言うと、神さんは椅子を引いてノン君を膝に座らせた。
…もしかして、知花と二人だったから…怒ってる?
「お茶でいい?」
「ああ。」
「ろんもー。」
「しゃくもー。」
ノン君とサクちゃんが知花に駆け寄って、小さな炊事場を覗き込む。
「はあい。ちょっと待っててね。」
「まちゅよー。」
「しゃくもまちゅー。」
ああ~…可愛いなあ…
「…その後どうだ?」
その時、神さんが…すごく小声でそう言った。
「…は…い?」
「指輪、渡せたか?」
「…残念ながら…撃沈しました…」
目を細めて答えると、神さんはのけぞった後。
「一度ぐらいの撃沈で、退くんじゃねーぞ。」
少しだけ…僕に近付いて言った。
「…でも…」
「本当に惚れてんなら、押し通せ。」
「……」
神さんみたいに…男らしくてカッコ良かったら…
僕にも、そんな勇気が持てたのかな…
って、ちょっと卑屈になってると…
「しゃく、まこちゃのおひじゃしゅわるー。」
サクちゃんが、僕の膝によじ登って来た。
「…咲華、父さんの所もいいと思うぞ?」
知花がお茶を運んで来て座ると、ノン君は知花の膝に座った。
「…おい…」
「あ…さ…サクちゃん…父さんの所に…」
「とーしゃん、あとえねー。」
「……」
ああああああ!!
神さん、目が座ってる!!
「ふふっ。咲華はまこちゃん好きなのね。」
「うん。しゃく、まこちゃしゅきよ。かわいいもん。」
カクッ。
僕と神さんと知花…三人で肩を揺らした。
…可愛いか…
可愛いサクちゃんにそう言われて、光栄だけど…
「えー、まこちゃかっこいいよー。かわいいちあうよ?」
そう言ってくれたのは…ノン君だった。
「えー?まこちゃかわいいよ?かみのけ、くりんしてて、めもばんびちゃんみたいよ?」
サクちゃんが、僕を見上げて言う。
「まこちゃ、おーじしゃまみたいあもん。かっこいいよ。」
ノン君は…クッキーを取ってもらって、嬉しそうにそう言った。
僕も…すごく嬉しいけど…神さんが…
「い…一番カッコいいのは、やっぱり…父さんだよね。」
僕が二人にそう言うと…
「しゃく、こーがかっこいいおもう!!」
「ろんは、なちゅがかっこいいおもうよー!!」
二人とも…まだ空気が読めるわけなんかなかった…。
〇
俺の名前は邑 慶彦。
夏に24歳になった。
家族は両親と祖父母、大学生の弟と高校生の弟、そして中学生の妹がいる。
仕事は主に自動車板金…自営。
まあ、実家の仕事を継いだんだな。
その傍ら、自分のバイクショップを持ちたくて、板金屋の隣にショップを増築中。
金をかけたくなくて、空いた時間と仕事先でもらったりする廃材でやってるもんだから、まだ完成には程遠い。
学生時代からつるんで走ってた仲間とも、継続して走りに出かけるし…飲みにも出かけるし…
俺は24になった今も、全然落ち着きゃしない。
青春真只中だ。
彼女は…まあ、特定の女なんて作らなくても、その日一緒に楽しめる女がいればいいかなってスタンス。
だが、両親は早く結婚して落ち着いて欲しいらしい。
その辺は…弟が頑張ってくれると肩の荷が下りるんだが…。
「慶彦。あんた、いい加減変な時間に出かけるのやめて、ちゃんと働いてくれない?」
おふくろが腰に手を当てて言った。
俺は最近…三時から五時までバイクで出かけて、下手したら八時まで出かけて。
九時から深夜まで残業をする。
自営ならではの融通の良さ。
「そうは言っても、俺の残業で仕事は上手く回ってるだろ?」
実際そうだ。
親父と一緒にやるより、俺一人の方が仕事が早い。
「…残業手当は付かないからね。」
「別にいらねーよ。」
おふくろは険しい顔をしたまま、家の方に引っ込んだ。
俺は…天使に出会っちまったんだよ。
その天使は高校生で。
俺の仕事終わりで会いになんて行ったら、それこそ10分程度しか会えねー。
今まで女は日替わりで楽しめばいいって考えだったのに…
今じゃ、その女に骨抜きにされてる。
俺の勘じゃ…きっと、あいつには男がいる。
でも、いいさ。
その内…俺を選ばせてみせる。
そして…
あいつが高校を卒業する時には…
指輪と花束を持って…結婚を申し込みに行くんだ。
「あれ、ヨシ兄ちゃん、また残業?」
10歳年下の妹の
「おう…何だ。今帰ったのか?」
「うん。塾の後で少し質問してたら遅くなっちゃった。」
真珠美は両親が歳を取ってから出来た子で、しかも女なもんだから…家族全員から溺愛されている。
しかし、14歳になった今もオシャレに興味はなく…ただひたすら、勉強漬けな毎日。
色気のねーメガネと、櫛通りだけは良さそうなおかっぱ頭。
お世辞にも見た目可愛いとは言えないが…
まあ、俺には可愛い妹なんだよな…
ただ…
俺の愛する天使…
真珠美の顔を見ると、少し目が細くなってしまう俺がいるんだな…。
〇高橋佐和子
あたしの名前は高橋佐和子。
桜花高等部の三年生。
すっごく普通のサラリーマン家庭に生まれて、すっごく普通の成績でここまで来て。
すっごく普通の女子高生だから目立つ事もない分…
裏で何をしてても、疑われない。
友達って言うか…まあ、友達って言ってもいいのかなって位置にいるのは、もう同性のあたしから見ても眩しすぎる可愛さの朝霧鈴亜。
鈴亜を連れてたら、男の目を引けるからいいんだよね。
あたしは、おこぼれでもいいから、遊び相手をゲットできればいいんだし。
一緒に居て引け目を感じないか?
そりゃあ、あるわよ。
10人いたら、10人ともが鈴亜を見るし、みんな鈴亜に興味津々になるもの。
だけどね。
鈴亜の可愛さは、並大抵のものじゃないわけよ。
その内、男達も気付くわけよ。
『俺じゃ無理だ』って。
そんな、自信喪失中の男には、あたしみたいな普通の女はホッとするらしくて。
あたしは、鈴亜から離脱した男をいただいて来た。
でも…高等部の二年の頃から、鈴亜の付き合いが悪くなった。
そう。
彼氏が出来たのよ。
もー!!最悪ー!!
話を聞いてると、どうやら業界人。
鈴亜のお父さん、あの有名なギタリストだしね。
あたしは興味ないけど。
その、業界人と…上手く付き合ってたはずの鈴亜。
一度だけ…クラブDに付き合ってくれて、そこで…まさかの邑さんと…!!
ま、まだ若いんだし?
二股なんて…仕方ないんじゃないかな?
って言うか、二股じゃないよね?
…あたし、罪悪感からか、そう自分に言い聞かせて…
今日も、邑さんのバイクの後ろに乗る鈴亜を見守った。
邑さんて、あたし達D仲間の中では、誘われたい人ナンバーワンだよ?
今まで、毎日違う女の人連れて歩いてた人が…
まさかの、まさかの一目惚れ!?
毎日鈴亜に猛アタック!!
今じゃ、鈴亜が邑さんを落としたって有名な話になってる…
けど…
鈴亜、まだ彼氏と…別れてない…よね?
どうするのかな?
あたしから見たら…
邑さんといる鈴亜って、弾けてて、楽しそうだけど…
彼氏の話をしてる鈴亜は…
すっっっっっごく女の子…って感じで…
あたしが照れちゃうほど可愛くなっちっゃて…
って感じだったけど…
…どっちが、本当の鈴亜?
「あたしもここにいるねー。」
放課後。
邑さんと鈴亜。
で、あたしとケンちゃん(邑さんのバイク仲間)で、バイクに乗って辿り着いたのは、バイクショップ。
ぶっちゃけ、あたしはそんなにバイクに興味ないんだよね。
だから…本当は、鈴亜が邑さんと付き合うより…もっと違う人の方がいいかなーなんて思う。
ケンちゃんは悪い人じゃないけど、彼もやっぱり鈴亜離脱組の人で、ちょっとネガティブな感じの人。
うーん…
そろそろ違う人と付き合いたいかなー…
邑さんとケンちゃんがショップに行って。
あたしは鈴亜とバイクにもたれて待った。
「…ねえ、鈴亜。」
「ん?」
「彼氏とどうなってんの?」
「……」
「鈴亜?」
あたしの問いかけに呆然としてる鈴亜の視線を追うと…
そこには、見た目可愛い…て言うか…
マジですか!?
男なのに天使がいる!!
って。
あたし、本気で見惚れてしまった。
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