ヴァンパイア

キナコ

ヴァンパイア

死期が迫ったのを感じ、底のない深い眠りから目覚め、ヴァンパイアは闇の中で物憂げにまぶたを開いた。

「不死の私にも、ようやく安息の時が訪れたようだ」


かつてナイル川であった深い峡谷の端、風に削られて小高い丘にすぎなくなったピラミッドの地下深くに横たわり、果てしのない眠りと、渺渺たる微睡みを繰り返しながら、ヴァンパイアは死の訪れを待っていた。

地球が緑と水に覆われていてたのは遥か遠い昔。

赤く膨張した太陽が地上のすべてを焼き尽くし、生命は消え去っていた。

その巨大な自然の営みは、ヴァンパイアを慄かせた。


ヴァンパイアの孤独を慰めたのは、最後に残った一本のセコイアだった。

その根元に座って、様々なことを語った。

やがて、渦巻く熱風がその枯れた枝に火をつけるのを目にすると、ヴァンパイアはピラミッドの墓室にその身を横たえた。


「あなたは、なぜ私にこのような運命を強いたのだ」

それは目覚めるたびに、数えきれぬほど繰り返した問いだった。

乾き切った身体をわずかに傾けて、壁に掛けられた十字架に目を向ける。

「もはや善も悪も存在せず、統べるべき民も、仰ぐべき勝者もいない。

もし、神がいるなら答えが欲しい。かつて闇の王と呼ばれたこの私は何者だ。なんのために存在するのだ」


長い年月の記憶がヴァンパイアの脳裏に奔流となって溢れ出してくる。

エジプトの美しい王妃、贅を尽くした夜ごとの宴、人が初めて空を飛んだ日、月に残された足跡。

重力を操る精緻な方程式、時空を跳躍する動力、地球を捨てて旅立った人々。

かつて眷属として数世紀を共に暮らした女の、その柔らかな髪の手触りまで鮮やかに蘇る。

ナザレでは息子を持った。

不死を受け継いだ息子は、不慮の死のあとに蘇った。

人々は奇跡と崇めたが、時の王によって磔にされ、二度と蘇らぬよう燃やされた。

十字架を目にするたびに、ヴァンパイアの身体と心は悲しみに焼け爛れた。

しかし、あらゆる出来事と想いは、岩が風に削られて姿を消すように、時の流れに失せた。


「私は何者だ」

最後にそう呟き、ヴァンパイアは静かに目を閉じた。

その時、力強い声が暗闇を揺らした。


  おまえは役目を果たした。

  我々は満足している。


「あなたは神か」

そう声に出したのか、心に思っただけなのか、ヴァンパイアにはもはや定かでなかった。


  我々はおまえを回収する。

  おまえはこの星に文明が起こり、そして消滅していくまでを、その目で見、

  その耳で聞いた。

  生命に知性が宿り文明が起こるとき、どの星にも不死のものが送られる。

  文明が消滅し、不死のものが死を迎えるとき、その記憶は回収される。

  集められた記憶は、宇宙と我々を創造したものを解明するために参照される。


冷たい石室を柔らかな光が包む。

さらさらと崩れていくヴァンパイアの手から、古い槍の穂先が滑り落ち、墓室に微かな音を響かせた。

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ヴァンパイア キナコ @wacico

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