第6話 おおかみ少女とピアノ少年
私と絢の未来のために、私は絢についた嘘を真実にしてみせる。
そのためにはまず、最優先して釘を刺しておかなければならない相手がいた。
翌日の学校に登校していつも通り授業を受ける。
昼休みのクラス内では絢の見舞いに行くかどうかで数人の生徒が盛り上がっていた。
「やっぱりみんなで見舞い行こうよー。先生の話じゃ、もう意識は戻ってるんでしょー?」
「病院に大勢で押しかけたって迷惑なだけだろうがよ」
クラスみんなでお見舞いに行きたい女子と、めんどくさいだけなのか本心なのか、それに反対する男子の言い合いが主だった声だ。
クラスの中心的な人物たちで、絢とも仲が良かったグループだ。
「
男子の方が私に声をかけてきた。
私はこの騒がしい取り巻きどもの会話にどうやって割って入ろうか機を伺っていたので、ナイスパスだと男子に感謝した。
「うーん。私も少ししか病室には入れてもらえなかったよ。絢のご家族とも話したけど、今は安静にさせてほしいって言ってたよ」
「そっかー。じゃあお見舞いはもう少し先だねー」
「そりゃそうだろ。意識不明になるくらいの事故なんだから見舞いの人間なんて少数でいいんだよ」
これでこの
退院まで二ヶ月。今は十月半ばだから、このまま行けば絢は退院した後もしばらくは冬休みで学校には行かない。
退院までの二ヶ月と、冬休みが明けるまでの間が最大限使える時間だ。
この期間以内に、必ず絢を私のものにしなければ。
そして、その為にも一番危険なのが……。
「…………」
教室の隅の席で静かに読書をしている一人の男子生徒を睨みつける。
彼が一番の危険人物。
私と絢の関係を続ける為には、彼の存在がどうしても邪魔だ。
……出来ることなら葉波をこの高校から追い出したいが、それは現実的ではない。
彼の弱みを握るにしろ何をするにしろ、私は葉波の事を何も知らない。
まずは彼と会話をするところからスタートしなければ。
……反吐が出るほど嫌だが、これも絢のためだ。
◇
放課後。
葉波順平はここのところ毎日小音楽室に通い、ピアノを弾いている。
二人きりで話すならここが一番邪魔の少ない場所だろう。
小音楽室の前まで行くと、すでに中からはピアノの音がうっすらと聞こえていた。
音楽には詳しくないので何かまでは分からないけど、何かしらの曲を弾いているようだ。
扉を開けると、壁越しに聞こえていたピアノの旋律がダイレクトに耳に伝わった。
哀しげな曲だ。
曲が終わるまで、私は部屋の壁に背中を預けてピアノを静かに聞いていた。
私の他に見学者はいない。葉波は私に気がついた様子もなく、目の前の鍵盤に集中している。
しばらくして曲が終わったようで、葉波の指が鍵盤を離れた。
私は拍手を送りながらピアノの側に歩いて行った。
「あれ、洲崎さん。いたんだ」
「うん。良い演奏聞かせてもらっちゃった。葉波君、ピアノ上手いんだね」
笑顔を貼り付けて、私は彼を賞賛した。
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」
「葉波君ってコンクールとかに出るんだよね。もうすぐなの?」
「うん。十二月に開かれるコンクールに出場することになってるんだ。それまで毎日練習」
「スゴいなぁ。高校生でもうそんなことやってる人、早々いないよ」
「……そうかな」
「そうよ」
私は笑みを貼り付けたまま、葉波に告げた。
「ねぇ、もし良ければ明日もここで葉波君の演奏聴いてもいい?」
「いいよ、もちろん。歓迎するよ」
「ありがとう。とっても嬉しいわ」
葉波は穏やかに笑いながら私を歓迎してくれた。
こうして、葉波と私は放課後を一緒に過ごすことになった。
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