貴女に花束を、私に贖罪を

夕暮 社

プロローグ

 私は今、恋をしている。

 仲本なかもとあやという、私と同性の女の子に。


 彼女を知ったのは中学一年生になってからで、彼女を好きになったのも中学一年生の時だ。

 明るくて、優しくて、陽だまりのような子だった。


 私と絢は親友だった。

 暇な日はいつも一緒に遊んだし、学校内でクラスが違ったら昼休みに隣のクラスに遊びに行くほどだ。

 私は絢が好きだった。けれど、その想いを伝えることはないだろうな、と諦めてもいた。


 同性を好きになるのが普通じゃないというのは、中学生にだって分かることだ。

 今の世の中では同性愛は認知されてきているかもしれないけれど、だからって理解されているわけではない。

 『理解』されずに同情されることほど、気持ち悪いものはない。


 同性愛はフィクションの中だけの話……それが一般大衆の認識だ。

 そして、仲本絢もそう考える一人だった。


「もしも女の子に告白されたら、絢はどう思う?」


 魔が差したのだ。三年生の夏休み、私の部屋でだらけていた絢に、私はそんな質問をしてしまった。

 好奇心と期待で満たされた心に、魔が差したとしか言えなかった。

 絢の返答は、


「んー、よくわかんない。女の子同士の恋愛って漫画とかならたまに見るけど、現実には無いだろうし、そんな“もしも”も無いよ、きっと」


 それが答えだ。

 そしてそれでいい。


 私は彼女の支えになって、彼女を助けられる相棒であればそれで満足している。


 それは、高校生になっても変わらない本心だった。





結梨ゆうりー! ごめん、待った?」


「いいえ、全然。それよりも早く行かないと遅刻しちゃうわよ」


「うん! 行こ行こ」


 朝は駅前で待ち合わせて、二人で連れ立って学校へ行く。

 高校には電車十分、バス十分、徒歩五分の場所で、中学の時に二人で決めた進学校だ。


 クラスは同じ二年一組。

 教室に入って席に荷物を置くと、私の席に絢が駆け寄って来た。


「結梨ー、髪結んでー」


「髪下ろしてればいいじゃない。似合ってるわよ」


「それはなんか恥ずいよー」


「分かったわよ。ほら、ヘアゴム貸して」


 絢はよく私に髪を結わせようとする。私も嬉しいので快く引き受ける。

 さらりとした絢の髪はずっと触っていたくなるような滑らかさだ。

 中学の時、絢の髪は短めだった。ショートと言うほどではない、肩口あたりで適当に切ったような長さだったのだけど、高校に入学してしばらく経った日から、髪を伸ばすことを決意した。


 決意した理由は──


「それにさー、葉波はなみ君の好きな髪型でいたいもの」


「…………そうね」


 絢が、恋をしたからだ。

 同じクラスの葉波順平じゅんぺいに。

 その葉波君が──いつ聞いたかは知らないけど──一番好きな髪型はポニーテールだと言っていたそうで、それからは髪を伸ばしてヘアゴムで髪を結うようになった。


 ……私は、ポニーテールの絢も好きだけど、昔の飾り気のない絢の方が好きだった。


「……ん、終わったよ」


「ありがと結梨ー。えへへ」


 嬉しそうに笑う絢に、私も微笑みで返す。

 私の感傷なんてどうでもいい。大切なのは絢が幸せかどうかだ。だから私は絢の恋も応援する。


「どうかな? 可愛いかな?」


「可愛いよ、絢」


「えへへー、ありがとっ」


 本当に、可愛い絢。

 よこしまな心を一欠片も持っていない絢。

 陽だまりのような絢。


 …………その笑顔が、想いが、私に向けられないとしても。


 私は、絢を支える相棒でありたい。

 この心を殺し続けてでも。

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