荒野の果てのアリス(読み切り版)

スグリ

読み切り版

 200年前……。


「何だよ!何なんだよ!」

「いくらお前でも無理だ、ユーシャ! 下がれ!」


 毛皮の防寒服を着た人々が逃げ惑う雪山の中で、ユーシャと呼ばれた男は一人、6メートル程のロボットに乗って銃を放つ。


「クソッ! クソックソッ!」

『ahahahahaha!』


 その相手は40メートルはあろう巨体の、氷のドレスを着た顔無しの巨人。


「俺は勇者じゃなかったのかよ! 最強じゃなかったのかよ! チートじゃなかったのかよッ!」


 これまで男は、この世界に生まれてから一度も負けた事がなかった。苦戦した事や、壁に突き当たった事さえもなかった。


『My』

「何なんだよコイツはッ!!」


 その彼は今、かつてない壁に道を阻まれていた。世界に、神に、最強を約束された男は今、世界の理を外れた絶対的な存在を前にしているのだ。


 男のロボットは巨人に効かないライフルを捨て、高威力のロケット砲を放つ。

 だが巨人へと向かっていったロケットは全て、レーザーで軽々と迎撃されてしまう。


『name is』

「しまった!?」


 そして巨人は凄まじい速度で男のロボットに接近し、極太のレーザーが放った。


 消滅の間際、男が耳にしたその名は……。


『ALICE』


 次の瞬間、最強の男はこの地上から完全に消滅した。


『ahahahahahaha! ahahaha!』


 燃え盛る山の中で、ドレスの巨人は嗤う、嗤う、嗤う。


 この瞬間、一つの物語は終わりを迎えた。そしてこれは、新たなる物語の始まりの序章となる。






 時は流れ、現在。


「お前はどの娘がタイプなんだ?」

「今回はパス。どうにも好みじゃねぇ」

「ほれ、情報料だ」

「OK。これを見てくれ」


 ステージで裸の女が踊り狂う周りで、男を中心に多くの大人たちが集い、酒を飲みながら女の好みを語る者や情報交換をする者まで。職業人種問わず様々な人間が入り乱れている。


 ここは街のストリップバー。有象無象が跋扈する、ろくでなしたちの夜の楽園である。


「本日のトリを飾るのは彼女! 正体不明、神出鬼没! 幻のダンサー、リリィちゃんです!」


 スタッフのその声を聞いた瞬間、各々好き勝手にしていた者たちは一斉にステージの方を振り向いた。


「マジかよ!」

「誰なんです、リリィって」

「いいから見てろよ」


 人々が固唾を呑んで見守る中、カーテンの向こうから現れたのは露出の多いヒラヒラとした衣装を纏った、クリーム色の髪の美しい少女だった。


 ピアノの演奏に合わせて、足を一歩踏み出し身体を大きく反らせる。剥き出しの腹を大きく見せつけるような体勢で少女は、片手に持った笛の楽器を口に当て、そして……。


「始まるぞ……」

「おぉ……」


 呼吸を整え、一気に身体を前に倒しながらその笛を力強く吹き始めた。

 ピアノの伴奏に合わせて奏でられる、力強くも繊細な笛の音色は観客たちを一気に少女だけの世界へと引き込んでいく。


 笛を奏でながら、少女は踊り出す。エネルギッシュに、かつ上品に、その身をくねらせながら。自分の世界へと引き込んだ観客たちの目に、煌びやかな衣装に覆われた滑らかな肢体を焼き付けていった。


 やがてピアノが間奏に入り、笛の音が止む。ここでようやく観客たちが正気に戻ったその時、少女は我が身に纏う衣装に手をかける。

 そして一枚、また一枚と衣装を脱ぎ捨て、間奏が終わり再び少女が笛を口に当てた時には一糸まとわぬ姿となっていた。


 再び少女は、笛の音を奏でる。今度は包み込むような、優しい音色で。

 優雅な曲を奏でながら、少女はその生まれたままの身体をさらけ出し舞い踊る。確かに色気を感じさせ、扇情的でありながらもそこに下品さは一切感じさせない。


「綺麗……」


 観客の、一人の女が呟く。

 そう、それはただ、ひたすらに美しかった。あまりにも美しく、そして儚げで。庇護欲を掻き立てながらも、包容力すら感じさせる不思議な少女の世界に、観客たちは欲情する間もなく惹き付けられる。

 それはもはやただの風俗ではない、ある種の芸術と化していた。


「天使だ……」

「俺たちは何を見てたんだ……」


 演奏が終わり、少女が一礼した瞬間、拍手が巻き起こった。同時に、ステージに大量のチップが投げ込まれる。

 ここのストリップバーに来ていたろくでなし共が望んでいた、秘部を見せつけるような演出は一切ない。だが演奏や踊り、そして自らの身体までもパーツの一つとして、完成された一つの芸術を前に観客たちは思わず魅了されていたのだ。

 その証明に、投げ込まれたチップは今日で最多。それも二番目とは三倍の大差を付けての圧勝だった。


 少女は回収されたチップを手に、舞台裏へと消えていく。


 気がつけばあっという間に終わった天使のショーは、未だ観客の頭に焼き付いて離れないでいた。






 そして舞台裏。


「やったぁ!」


 更衣室で服を着た後、大金を手に喜ぶ少女が一人。


「お疲れ様、クレオ」

「あ、オーナーじゃんお疲れ!」


 オーナーの女にクレオと呼ばれた少女。彼女こそが、リリィの名でトップダンサーの名を欲しいままにしている少女その人である。


「お陰さまで今日もガッツリ稼がせてもらっちゃったよ」

「まったく、あのリリィの正体がこんなのだなんて知られたら幻滅ものでしょうね」

「こんなのとは失礼な!」


 ショートパンツにへそ出しのタンクトップ。その上にジャケットを羽織り、頭にはマリンキャップとゴーグルを身につけ髪はうなじの後ろに束ねたボーイッシュな少女。

 そんな彼女が、先程まで天使とまで呼ばれる程の舞いを披露していたリリィと同一人物だなどとは、言っても信じられないだろう。


「毎日あなたが来てくれたらうちの売り上げも伸びそうなのに……」

「レアだからこその価値があるのさ。じゃあねー」

「まったく……」 


 貰ったチップを財布に入れて、一目散にバーから飛び出していくクレオ。

 その背中を見送りながら、オーナーは頭を抱えてため息をつくのだった。






 ここは荒野の中継駅と呼ばれる街、ガレディア。周辺に広がる荒野を抜ける為の物資補給目当てに、日々多くの人々が訪れる冒険者たちのオアシスである。

 特にこの王国最大の街、首都テセランに南側から行く為にはこの街を通る事が必須であり、その為ここは物流の大きな拠点にもなっている。


 そんなこの街。市場には国中の様々な食料や工芸品、工業製品などが集められておりこの国にある物で手に入らないものはないという程である。


 当然そのような街で来客は日夜絶えることはなく、市場は夜中でも未だ栄えている。

 その賑やかな市場の中で、クレオは機械部品の専門店に立ち寄っていた。


「おじさん、これ頂戴」


 そう言って彼女が手に取ったのは、黒い箱に繋がった色とりどりのケーブルの束。


「嬢ちゃん、それが何か分かってんのか?」


 店を切り盛りするドワーフ種の亜人の男はそんなクレオを見て、間違えてこの店に来たのではないかと。何を買おうとしているのか分かっていないのではないかと疑い訊ねた。


「クラフトマシン用の新型中枢回路。操縦系の反応速度が既製品と比べて20%向上。でしょ?」

「気に入った! 三割引に負けてやるよ!」


 だが彼女が年端もいかない少女にも拘わらず完璧にその代物を理解している事を知るや否や、ドワーフの男はそう言って値段を七割まで下げて請求する。


「ありがと、おじさん!」


 そしてクレオは代金を支払って回路を受け取ると、嬉々として帰路についたのだった。






 数分後。


「よーし着いた!」


 クレオが辿り着いたその場所には、戦闘用、非戦闘用含め数多くの陸上艦が停められていた。

 ここはガレディアの陸上港。この世界で普及している、無限軌道で地を走る陸上艦という巨大な船を駐留させる為の施設である。


 港に入ったクレオが足を踏み入れたのは、クレーンや大砲が搭載された黒鉄色の陸上戦艦。

 鍵を開けてその扉をくぐって通路を抜けた彼女が辿り着いたのは、薄暗いストリップバーとは違い明るい雰囲気の酒場だった。


「よう、おかえり」

「ただいまー。コーヒーと日替わりパスタお願い」


 陸上戦艦の中に設けられたここは、ガレディアを主要拠点に活動する冒険者ギルド「キャットアイズ」の酒場。

 ギルドに所属する者なら誰でも利用可能で、酒や食事を頼める他に依頼の管理も行っている。故に冒険者たちが最も集まる為情報交換もしやすいと、まさに冒険者たちにとっての最重要拠点である。


「お待ちどうさま」

「ありがと」


 カウンターに座るクレオの元に運ばれてきた今日のパスタは、水抜きしたスライムのコリコリとした食感を楽しめるペペロンチーノ。

 クレオは香辛料の効いた少し辛口のそのパスタを食べながら、同じギルドのメンバーと会話に花を咲かせる。


「今日はどうだったよ、クレオ」

「新発売の回路、買ってきたよ」

「マジか! 使ったら感想聞かせてくれよ!」

「で、金はまた裸踊りで稼いで来たのか?」

「あれはあれでなかなか刺激的で楽しいよ。結構稼げるし」

「こんな乳の小せぇガキの何処がいいんだかな。ガハハハ!」

「うっさい!」


 ここのギルドメンバーは成果を競い合うライバルであると同時に、旅の中で苦楽を共にする仲間でもある。最年少であり、数少ない女冒険者でもあるクレオは、その中でも特に他の冒険者たちに可愛がられているのだ。


「今日はこの後寝たいから、明日行ける依頼ある?」


 食事を済ませたところでクレオは、依頼受付の女性に明日受ける依頼があるかを尋ねる。


「それならこれはどうでしょう」

「オーク族討伐……。報酬額から考えられる弾薬代を引いて……」


 そして提示された依頼は、周辺の村を襲うオーク族の討伐。

 使用する武器は、厚い脂肪を突破する為の貫通力の高いライフル砲と仮定した上で弾薬費、燃料費を計算し、報酬額から引いて手取り報酬を確認する。


「この依頼、受ける!」


 十分な黒字になる事を確認すると、彼女はそうして依頼の受諾を高らかに宣言したのだった。






 翌日。


「黒炎石を入れてっと……」


 陸上戦艦の格納庫で、クレオは手袋を着けて黒く脂ぎった石をロボットの燃料タンクに投げ込む。


 それが、彼女が所有しているクラフトマシン、バラット14フォーティーン

 重機のようなキャノピー型のコクピットと両肩の放熱器、そして両手の三本指が特徴的な、サンドカラーに塗装された5メートル程度のロボットであり、今回は依頼のためにライフルを腕に装着している。


「頼まれてた回路、搭載しておいたよ」

「ありがと、ロロ」

「その回路は僕としても興味深いからね。帰ったら是非評価をつけてくれ」


 クラフトマシンのコクピットに乗り込むクレオを見送るのは、尖った耳が特徴の亜人、エルフ種の青年ロロ。

 興味のある所にしか手を加えず他は他人に任せるが、腕は一流のメカニックだ。


「お仕事お仕事っと」


 クレーンに吊り上げられ、艦外へと運び出されていく機体のコクピットの中で、クレオはキーを差し込みエンジンを始動させた。


 クラフトマシンというのは、200年前に転生者を名乗る異界の戦士がこの世界で作り上げたとされる機械人形の基礎。またそこから発展して生み出された機械の総称である。

 その全てが黒炎石という黒く脂ぎって、よく燃える性質を持つ石を動力としており、作業用戦闘用問わず様々な機体が存在している。


 クレオのバラット14は安価な作業用機体だが、度重なる改造で今や戦闘にも耐えうる性能を獲得しているのだ。


「よし、行きますか!」


 機体の足が地面についた。クレーンのアームが離れた瞬間、クレオはフットペダルを思い切り踏むと機体は勢いよくその足で走り出す。

 出力のレバーを倒すと機体はさらに加速し、目的地へ向けて一気に駆け出していった。


「でもオークが村を襲うって、一体……」


 道のりの最中、クレオが気にしているのはオークが人の住む村を襲うという事象についてだった。

 200年前まではオークが街や村を襲い人を攫う事など珍しくもなかったが、人間の技術が大きく発達した今では人間とは距離を置いていてオークから干渉してくる事は殆どない。

 今では下手に巣に近付かない限りは無害な種族とされているが、そのオークが何故今になって村を襲ったのか。それが彼女にとっては不可解で仕方がなかったのだ。


「ま、行けば分かるか」


 だが悩んでいて意味がある話でもない。やるべき事は、村を襲うオークを討伐して依頼を完遂する事。その他にはないのだから。


「って、ちょっ!?」


 そうして道行く中、突然何かが進路を遮り咄嗟にクレオはブレーキを踏む。

 慣性がかかり、操縦桿を握り締めて衝撃に耐えるクレオ。そして顔を上げた時、その目に映ったのは……。


「こんなとこにオーク!? なんで!」

「BWOOOOOO!!」


 咆哮を上げ、何故かいきり立った様子のオークが三頭、そこに立っていたのだ。


「来るッ……!」


 棍棒を手に、クレオのクラフトマシンに襲いかかるオークたち。対するクレオは、気持ちを切り替えて気を引き締め、操縦桿を握り直してトリガーに指をかける。


「BWOOOOO!」

重機クラフトマシン舐めんなッ!」


 オークが声を上げながら、棍棒を振り下ろす。

 クレオのマシンはその一撃を鋼の腕で受け止めて押し返し、ライフルを心臓に撃ち込んで一頭目を絶命させた。


「やるじゃん新回路!」


 新型の中枢回路を取り付けた効果は、クレオにも確かな実感がある程だった。以前よりもスムーズに操縦できることに感動しながら、彼女は残り二頭のオークへと向かう。


「これは踊った甲斐があったってもんかな!」


 二頭目。振り払われた棍棒をひらりと躱し、強烈なキックを浴びせて骨を砕く。

 そして動けなくなったところで脳天に砲弾を浴びせて撃破した。


「BWOOOOOOO!!」

「次でラスト!」


 最後は大斧を持ったオーク。恐らくリーダー格なのだろう。他の二頭以上の巨体で迫るそれをクレオのマシンはライフルで迎え撃つ。

 だが流石はリーダー格というべきか、胴体に砲弾を浴びても尚突き進んでくる。 


「こいつ、しぶとい!」


 大斧が振り下ろされ、大地を砕く。

 クレオはすんでのところで躱したものの、巻き上げられた礫がマシンの装甲を打ちカンカンと音を鳴らす。


「BWOOOO!」


 チャンスは今。オークが体勢を立て直す前に、クレオは反撃に転ずる。

 ライフルを右腕に撃ち込みながら接近し、斧を奪い取る。そして斧を地面に突き立てて背中の支えとし、丸太のような剛腕から繰り出される拳を軋むアームで受け止めた。


「私の勝ちだね」


 直後、クラフトマシンのキャノピーが開く。

 その後コクピットから身を乗り出したクレオはポンプアクションのショットガンの銃口をオークの眉間へと突きつける。


 そして、銃声が響いた。


 血と脳漿を撒き散らしながら、オークが地面へと崩れ落ちる。

 戦いはクレオの完全勝利で終わったものの、彼女はまだ複雑な表情をしていた。


「これ、只事じゃないかも……」


 ここはオークの巣からはかなり離れた場所であり、餌があるような所でもない。いわばオークからすると来る意味がまるでない場所であり、そのような場所に興奮状態のオークがいたというのは、まさに異常事態だったのだ。


「これは、巣まで見に行った方がいいかもね」


 何か只ならぬ事が起きている。そう確信したクレオは、危険を承知でオークの巣へ向かう事を決心した。






 それからおよそ10分後。


「何、これ……」


 オークの巣に辿り着いたクレオが目にしたのは、想像以上に凄惨な光景だった。

 そこに生きた生物の気配はなく、ただ大量のオークの死骸が散乱しているのみ。クレオは危険を感じながらもコクピット脇のライトを点灯させ、巣の洞穴の中へと入っていく。


「何がどうなってるの……?」


 だが中に入っても、あるのはやはり死体のみ。

 奥まで来たものの、そこで見たものはこの巣の長だったであろう死体と化したオークキングだった。


『ahahahahaha!』

「笑い声……?」


 その時、洞穴の中に突然嗤い声が響き渡る。

 直後、コクピットの中にカツンという小石が当たったような音が響く。ふと天井を見上げると、この洞穴の天井が崩れ落ち始めているのが見えた。


「やばっ……!」


 慌ててクレオは機体を反転させてペダルを踏み、全速力で来た道を遡り始めた。


「間に合った……!」


 間一髪、脱出に成功したクレオ。その瞬間、先程までいたオークの巣は激しく音を立てて崩れ落ちてしまった。


『ahahahahahahaha!』


 直後、また先と同じ嗤い声が聞こえ始める。


「あれは……まさか!」


 その声に導かれて後ろを振り向いたクレオの視界に入ったのは……。


『My name is ALICE! ahahahahahaha!!』


 水晶のドレスを纏った、顔無しの巨人。異界の侵略兵器アリス。


 この世界の理の外に存在する終末の化身が再び、この世界に現れた瞬間だった。

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荒野の果てのアリス(読み切り版) スグリ @sugurin

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