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「……ひさしぶりだね、遥」夏の声は少しだけ震えていた。
「うん。久しぶり、夏」
遥は夏の緊張を解くために意図的に優しく微笑んだ。すると夏もほっとしたような表情をして笑顔になる。しかしそれは一瞬の出来事で、夏の顔はすぐにまた緊張した表情に戻ってしまった。
夏は、ついさっきまでモニタの中ではしゃいでいたのが嘘のようにおとなしい。
遥は夏の言葉を待った。しかし夏は言葉を話さなかった。じっと遥を見つめているだけだった。
言いたいことは山ほどあるだろうし、聞きたいことも、きっとたくさんあるのだろう。それは夏の表情を見ていれば理解できる。でもそれらはなぜかきちんとした言葉にはならない。だから夏は黙っている。
夏の両目は潤んでいる。
今にも泣き出しそうな子供のような瞳をしている。
「ずっと、ここに篭っているの? 変わり者なのは、知ってるけどさ」
しばらくして、小さな声で夏が言った。
「うん。ずっとここに篭ってる。ずっと地下に篭っていて、地上に出ることは全然ない。まるで蝉みたいでしょ?」冗談っぽく遥が言う。
遥の研究所は地下にあった。
夏は地上にある専用エレベーターを利用して地下にまで降りてきたはずだ。地上と地下の間を移動するのにとても長い時間のかかる小さくて静かなエレベーターの中。その中で夏がなにを考えていたのか、遥はそのことが少しだけ気になった。
「どうして学園をやめたの?」
「もう必要がなくなったから」遥が言う。
「なら、あなたはここでなにをしているの?」夏が言う。
その言葉を聞いて遥が考えた。
そう。私はここでいったいなにをしているのだろう?
それは木戸遥本人にもよくわからない、うまく答えることのできない、瀬戸夏らしくない、まっすぐで、とても素直な問いだった。
……その問いに、(たぶん)答えはない。
夏はなにも言わない。
遥もなにも言わない。
そして、二人(世界)は無言になった。
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