快便のときに読むとちょうどいい長さのエッセイ。
寿司
地名
大阪のおばちゃんが大阪のおばちゃんではなくなった。
大阪に住む親戚がいたのだが、
彼女が最近大阪を離れて息子夫婦の近くに移り住んだらしいのだ。
地名を頭につけてどこどこのおばちゃんというのはなんとなく物悲しく、
本来であれば誰か身近な親戚の兄弟や叔父叔母であったりするのに、
それを地名に押し込んでしまうのがどこか好きではなかった。
ところで、最近実家の空気が変わった。
両親の離婚による諸々はもちろん、
母は少しエキセントリックな人なので、
家を出るときに高い家具を勝手に売っぱらって、手前の金にしてしまったのもあるだろう。
私の高いグラスも勝手に手放したと見える。
私の家は何度も変わった。
別に複雑な家庭環境があるというわけではなく、
単純に引っ越しが多い家庭だったというだけだ。
それでも一言、家といえば家族の待つ家でしかなかった。
しかし私が家を出ると、
電話口で、
家にね、いや、こっちじゃなくてそっちのさ、
そう、──の家。
不思議とスムーズに地名で実家を呼んだ。
少し物悲しく思えた記憶がある。
それでも、
──の家は家族の待つ家だったのである。
最近、電話口で父に帰省の日程を伝えた。
──に帰るよ。
え、○○○は?
そっちはまた別日かなぁ。
母の呼び方が実家の土地の名前とも違ってしまった。
もう、──の家は家族の待つ家としての言葉でもないと気づいた。
それでもなるほど、地名を頭につけるのは便利なんだなと泣けてきた。
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