第123話 寂しくなっちゃうね

「なんでケイスケじゃなくて、あの全身タイツなの?」

「ケイスケ一択じゃん」

「あ、でも国平先輩のキスシーンは見たくなかったかも」

「それは一理ある」

「セラちゃん先輩とのキスシーンなんて……お似合いすぎて見るのつらい」

「そうだね。スクリーンが眩しすぎて見れなかったわね」


 間違いなく、国平先輩のファンクニヒラーズの一団だろう、四、五人の女子が感想(ほぼ不満)をそれぞれ口にしながら、視聴覚室から出てきて通り過ぎていく。

 通り過ぎ様、ちらりと俺を見て、


「やっぱり国平先輩よねぇ?」


 と異口同音でつぶやきながら……。

 いや、そこはせめて『ケイスケ』のままにしといてください。


「お、乃木にナガサック。来てくれたか」


 クニヒラーズに続いて、数人の観客が心なしか渋い表情で去っていき、ひょっこりと視聴覚室から顔を出してきたのは津賀先輩だった。キラリと光るメガネの奥には、それ以上に一段と輝く爛々とした瞳が。去年もそうだったが……上映会のときの津賀先輩は実に生き生きとして、水に返った魚というか。肌の色艶も良く、表情は明るく、やる気に満ち満ちている。吸血鬼なのかと疑いたくなるような、普段の堅苦しく、どこか体調の悪そうな雰囲気はいったい、なんなのか。


「お疲れ様です! 乃木と永作、、代わりまーす」


 待ち構えていた万里がぺこりとお辞儀をすると、津賀先輩のあとから出てきた早見先輩が「一時間後には戻るから。それまで、よろしく」とプロジェクターのリモコンを万里に手渡した。


「結構な反響よ」


 おっとりとした目に確かな眼光を宿らせて、断言する早見先輩。

 なに、その手応え? なにを掴んでんの? 揺らがないその自信が全く理解できない。明らかに、出てくる人たちは皆、『何を見せられたんだ?』て顔して首を傾げて去って行くんだが……。


「よかったわね、国平。あなたの代表作、できたみたいよ。これで彼女もできるわね」


 振り返って早見先輩がそう言うと、国平先輩が他の観客と同じように渋い表情で出てきた。


「本当に……あれで彼女できるの、のりちゃん? 俺、実は脇役じゃなかった? ケイスケ、知らぬ間にフラれて終わってたよね?」


 確かに……! って、国平先輩、今頃気付いたの? 最初見た時は、津賀先輩と早見先輩と大喜びしてたのに。

 今朝から何度も繰り返し見たせいで、段々と冷静に色眼鏡無しで映画を観れるようになってしまったのか?


「何言ってるのよ、国平」すかさず、早見先輩は国平先輩に向き合って、慰めるようにその腕を摩った。「散る花の美しさにこそ、美の真骨頂があると言えるわ。ケイスケの散りざま、見事だった。叶わぬ恋だって美しいということ、あなたは身を以て表現したの。主人公と言うに値するものよ。もっと自信を持って」

「そっか……なんて深い映画だ!」


 浅いなぁ……。

 また、それらしいこと言って、国平先輩を丸め込んでいるよ、早見先輩。まさに、口八丁。よくもまあ、すらすらと次から次へとおべんちゃらが出てくるものだ。詐欺の現場を目撃しているような気分になってくる……。


「おい、早見、国平。ケツカッチンだ。ノンノンのファッションショーが始まってしまうぞ」


 ノンノンのファッションショー?

 そわそわしている津賀先輩をちらりと見やって、あ――と思い出す。そういえば、花音のクラスはファッションショーをやる、て言ってたな。


「ああ、そうね」


 ハッとして早見先輩は振り返り、津賀先輩に「行きましょうか」と朗らかに微笑み、歩き出した。


「あとヨロシクね」


 と、それこそランウェイの上を歩くモデルのように、国平先輩はキラッと星でも飛ばしそうな眩い笑みを浮かべ、さらりと長めの髪をなびかせ身を翻す。やっぱ、絵になるよな……と、改めて見入ってしまった。


「体育館だよね。混んでるかな?」

「そうね、急がないと。二席くらい、良い席も空いてるとは思うけれど」

「おかしいな、席が足りない気がするよ、のりちゃん!?」


 もはや映研の環境音だ。いつものように、津賀先輩を間に挟んで、仲が良いのか悪いのか、口論とも言えない一方的なスパーリングのごとき会話をする早見先輩と国平先輩。

 またやってるよ……と呆れるこの感じも、懐かしいと思う日が来るんだろうな。

 三人の後ろ姿を見送りながら、ぽかりと胸に穴が開いたような寂しさがこみ上げる。

 こうして、先輩たちと過ごすのもこれで最後だ。文化祭が終わったら、先輩たちは受験に専念する、て言ってたから……これで引退だ。きっとすぐに卒業式が来て、またこうして背中を見送るんだろう。

 同じことを思ったのか、


「寂しくなっちゃうね」


 と、隣で万里がつぶやいた。

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