第七章

第101話 永作くん、何も訊いてない!?

 ああ、この道を瀬良さんと歩いたな――なんて感慨に耽っている場合じゃねぇ!

 瀬良さんの電話に出た男は、俺の問いなど完全無視で『ちょうど良かった』と上機嫌で言い出して、


『今、駅の改札にいるんだ。君と印貴の家の近くの駅ね。君もおいで。きっとびっくりするよ』

「もうびっくりしてますから!? これ……瀬良さんの電話ですよね!? なんで、あなたが………いや、そもそも、誰――って、駅にいるんですか!?」


 さっぱり分からん。もう頭の中も滑舌もめちゃくちゃだ。

 どうなってんの!? なんで、瀬良さんに電話したら、男が出て、しかも『永作くん』なんてめっちゃ親しげに呼んでくんの!? しかも、駅の改札!? 瀬良さん、沖縄なんじゃ……?

 そうだ――瀬良さんは?


「瀬良さん……どこですか!? そこに……一緒にいるんですか!?」

『は』と素っ頓狂な声がしたかと思えば、しばらく間が開いて、『え!? もしかして、永作くん、何も訊いてない!?』

「訊くって……何をですか?」

『てっきり、印貴から訊いて、電話してきたのかと――って、あ! そっか、連絡できないよね!? 印貴のスマホ、僕が預かってるんだもんな』

「は……?」


 ちょっと待て。今、なんて言った……?

 そうだそうだ、と電話の向こうで一件落着したかのように笑い始めてるが……依然として、俺は謎の中なんですが!?


「預かってるって……どういうことですか!?」

『ごめん、ごめん! あの家はお父さんが厳しいからなぁ。印貴はSNSも禁止されてるんだったね。電話がないと連絡つかないよぁ』


 ああ、それで瀬良さんはSNSはなんのアカウントも持ってないのか。なるほど――じゃなくて!


「そんなことはいいんで……そろそろ、教えてください! 瀬良さんのスマホを預かってるって、なんで……!?」

『昨日、拾ったんだ』動揺する俺をまるであざ笑うかのようにケロリと男は答えた。『沖縄に行ってる、て知らなかったから、家に行ったんだよね。そしたら、玄関の前にスマホが落ちててさ。ちょうど、電話が鳴ってて、もしかして……て思って、一応、出てみたら印貴で。そのまま預かることになったんだ』


 その話を訊いてる間、頭の中にまざまざと思い浮かんだのは、焼けるような夕陽だった。その赤々とした色が焼きついた大きな背中が脳裏をよぎり、悪寒のようなものが背筋を走った。

 なんで――なんで、今まで気づかなかったんだ? この自信に満ちた口ぶりに、落ち着いた声。聞き覚えがある、なんて生やさしいもんじゃないはずなのに。電話越しだったとはいえ、に気づかないなんて……。


「昨日って……」ぐっと拳を握りしめ、俺はゆっくりと口を開いた。「夕方、でしたか?」

『そうそう。あ、もしかして、僕のこと見かけた? 永作くんの家、隣だもんね。声かけてくれればいいのにー……って、僕の顔、知らないか』


 ああ、やっぱり、そうだ。間違いない。

 この人なんだ。

 昨日、瀬良さんの家の前で、お似合いだ、とか、赤い糸がどうの、と大層な言葉を並べて瀬良さんにしつこく迫っていた――松江先輩。

 何があったかは定かではないが……瀬良さんがスマホを落として、それを松江先輩が拾ってずっと持っていた。だから、俺が瀬良さんへ送ったメールに既読さえつかなくなったんだ。会う約束をしていたのも、スマホを返すため……か。

 つながる。ようやく、納得できた……が、ホッとしている場合でもない。

 全てに合点がいったわけではないし、まだ気になることは山のようにある。ただ……とりあえず、今、やるべきことは――。


「まだ、駅の改札にいますか?」

『ん? ああ、そうだね。コーヒーでも飲みに行こうかとも思ったけど……永作くんも来るならここで待つよ』

「今から行くんで」と、じゃりっと地面を踏みしめ、俺は踵を返した。「瀬良さんのスマホ、返してください」

『いや、その必要は……』


 何やら言いたげな声を無視して電話を切り、俺は走り出した。

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