第67話 万里、お前さ……何か隠してるだろ
いや、待て。抑えろ、俺。
どうも、万里は今回の脚本絡みになるとらしくなくなる。出来上がった台本を渡してきたときだって、『どーだ、私が書いたのよ』と偉そうに俺の顔に叩きつけてきそうなものなのに、自分が書いたことを黙っていた。部室で、万里の脚本だと皆にバレたときも、あたふたと取り乱していたし。きっと、俺の知らない――いや、知られたくない『何か』があるのかもしれない。
あんなに張り切っていた瀬良さんのキスシーンを急になくそう、なんて言いだしたことだってそうだ。俺と瀬良さんが付き合い始めたからって、何をそうムキになることがある?
思い当たることといえば……さっきの言葉だ。
――嫌だよ、好きな人がキスするとこ見るの。結構、キツイんだから……。
ぐっと……未だに、思い出すだけで胸が痛む。聞いたことないような、辛そうな声だった。
だから、ひっかかる。もしかして……と思わずにはいられないんだ。もしかして……。
「万里、お前さ……何か隠してるだろ」
回りくどいことは苦手だ。まして、万里相手に探り合いなんて気持ち悪い。はっきりそう訊ねると、万里はハッと見るからに顔色を変えた。そして、不審そうに俺を睨みつけてくる。
「隠してるって……なによ、急に?」
「詮索する気はねぇけど……誰か、好きな奴のキスを見たんだろ?」
「は……はあ!?」一瞬の間を置いて、万里は鼓膜をつんざくような甲高い声を上げた。「なにを……なにをいきなり言い出すのよ!? そんなこと……普通、聞く!?」
確かに……? いくら幼馴染とはいえ、デリカシー無さすぎた? 親しき仲にも礼儀あり、か?
「いや、でも……」と、俺は気まずさを押し殺し、苦笑して言った。「つらそうだったからさ」
本心を言えないのはつらいだろう! 気づいたときには遅いのだ。はっはっは。――なんて、やっぱ、つらそうにしてる奴には言えねぇよ。
どうやら、俺はあまのじゃくにはなりきれないらしい。
「何か抱え込んでるなら言えよ。本心を言えないのはつらい――んだろ? 恋愛相談とか役に立てるとは思えねぇけど、話は聞けるよ」
大きなお世話だ、と蹴りでも入れられるかと構えた腹筋は、すぐに緩んだ。蹴りどころか、罵声も無い。
万里はぎゅっと堪えるように唇を噛み締めて、潤んだ瞳で俺を見つめていた。今にも泣きだすんじゃないか、と思えるほど、張り詰めた表情で……。
って、え!? そんなに……!? そこまで思いつめてた!?
「おい、万里……!? だ、大丈夫だ! よく分からんけど……俺は、腕っ節には自信はないが……あの、土下座には自信がある!」
「なによ、それ」ぷっと噴き出したかと思ったら、万里はふいっとそっぽを向いてしまった。「何の役にも立たないじゃん」
「そう……だな。すまん!」
「ほんとアホだなぁ」と憎まれ口を叩く万里の声は、いつものそれよりもずっと柔らかかった。呆れ返っているようで、哀愁さえ漂って、寂しげな……。「あー、もう……あんたのそういうとこなんだって……」
「は?」
腰に手をあてがうと、万里は大きくため息ついてこちらに顔を向きなおした。切れ長の目はきりっと鋭さを取り戻し、口元には見慣れた不敵な笑みが浮かんでいる。
「私は大丈夫だからさ。あんたは、それよりも印貴ちゃん!」言って、万里はびしっと俺を指差す。「印貴ちゃんを泣かせるようなことはすんなよ」
「なんだ、急に? するわけないだろ!」
「いやぁ……あんたはアホすぎて、信用ならないわ」
心外な。
俺はもう、瀬良さんを困らせるようなことはしない。あの日の焼けるような陽の色が脳裏に染み付いて離れないんだ。赤々として、どこか虚しい夕焼けが差し込む部屋の中、ひとり、声もなく涙を流す瀬良さんの姿が罪悪感を伴ってまざまざと蘇る。あのときは誤解だったとは言え……もうあんな表情は二度とさせたくない、と心底思う。
決意も新たに誓いを立てる思いで、グッと拳を握り締めたときだった。
「あ」と万里がなんとも間の抜けた声を出して、眉根を寄せた。
その視線の先は俺ではなく……後ろ?
なんだ? と振り返ろうとした矢先、背中をつんつんと誰かが突っついた。
「永作。あとはお願い」
早見先輩? あとはお願いって……何を?
嫌な予感がして慌てて振り返ると、早見先輩が珍しく渋い表情で立っていた。その傍らには、瀬良さんがぽろぽろと涙を流して……て、え!?
「ごめん、泣かせた」
軽く挙げた手は、まるで「よっ」とでも言いそうなくらい、反省の色のないノリで早見先輩は言った。
「なんで!?」
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