第20話 二人きりって意識しちゃう?

「はい、お風呂どーぞ」


 思わず、「え?」という声が出ていた。

 通されたのは、まるで、高級ホテル――泊まったことないから、俺の勝手な想像だけども――のようなバスルームだった。一面だけ張られた黒い壁は漆のように曇りなく輝き、足を踏み出せばつるんと滑ってしまいそうな白い床は……まさか、大理石?

 ゆったりと大きな浴槽に、うちとはボタンの数が明らかに違う給湯器のリモコン、そしてそれとは別に、壁には何やらテレビのような大きなモニターが埋め込まれている。一体、あれはなんだ?

 謎すぎて、モニターに釘付けになっていると、


「あ、見たいテレビあるなら、好きに見ていいからね。チャンネル自由に変えちゃっていいから」


 背後から当然のように説明する声に、俺は驚愕して「テレビ!?」と叫んでいた。浴室に反響する俺の声の音質もやたらいい気がしてしまう。


「そんなに驚く? あ、永作くん家はお風呂でテレビ見ない派?」


 というか、うちのお風呂にテレビはありません。――そんなこと言ったら、逆にショックを与えてしまいそうだ。

 おかしい。どうなってるんだ? いったい、ここはどこなんだ? 俺が知っている岸田さん家と違いすぎる。玄関をくぐった瞬間、テレポーテーション――いや、もはや未来にタイムスリップでもしてしまったかのようだ。

 そういえば、家に入ったときも違和感があったんだ。ドアの位置や階段は俺のよく知っている『岸田さん家』のまま。でも、フローリングの床は、掃除した、だけでは済まないほど新築同然に綺麗になっていたし、壁の色も前より明るい気がした。家の中の香りもフローラルというか……上品で清々しくて、岸田のじいちゃん家にほんのり漂っていた線香の香りの気配さえない。

 これが……これが、リフォームってやつなのか!?

 感動すら覚えて愕然としていると、


「ゆっくり浸かって行って。のぼせない程度にね。今はうちの親、二人とも出張でいないし、あたしだけだからさ」


 どこか色香漂うまったりとした声で言われ、俺は「ええ!?」と弾かれたように振り返っていた。


「あー。なにその反応。二人きりって意識しちゃう? 隅に置けないなー、最近の高校生」


 つん、と肩をつつかれただけで、もう心臓バックバクだ。風呂にも浸かってないのにのぼせそうです!


「て、違うか〜。あたしだけ、て聞いてがっかりした? 本当は印貴と二人きりのがよかったかな」


 くすりと笑むその唇の、なんと色っぽいこと。漂う余裕に圧倒されてしまう。しぐさ一つ一つが落ち着いていて、それでいて、洗練されているというか……優雅で艶やか。指先の動き一つにさえ動揺してしまう。芸妓さんの舞いってこんな感じなんだろうか、と想像してしまう。

 それだけでも、いっぱいいっぱいだというのに……さっきから、目のやり場に困る! 

 キャミソールというのだろうか。細い肩紐はだらしなくゆるんで、肩から今にもずれ落ちそうだ。腕を組むたび、胸元からちらりと谷間がのぞいて、俺は慌てふためき視線を逸らし、うっかり落とした視線の先にはデニムのショートパンツからのぞく、ほっそりとした白い太もも。無防備というか、自然体というか。そりゃ、家の中なんだから、だらしなくて当然だけど……俺には刺激が強すぎます!


「あれ。黙っちゃった……ごめんね、からかいすぎ?」

「い、いえ……」


 からかいすぎです。

 清楚さが滲み出しているような、気品溢れる顔立ち。優しげな目元に、儚げな雰囲気。どれも瀬良さんとそっくりなのに、でもこんなに印象が違うものなのか。親も自分も一人っ子の俺には、未知の世界だ。

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