第12話 最高だな……

 しかし、だ。人目につかずに瀬良さんと二人きり……というのは、なかなか至難の技だ。瀬良さんの周りには常に誰かがいるし、俺がちょっとでも瀬良さんに近づこうものなら、周りの好奇の視線が瞬時に集まる。

 どうしたものか、と悩んで、すでに五時間目。幸い、体育は一組から三組まで合同。バスケとテニス、卓球とグループに分かれて回っていくのだが、瀬良さんと自然に接触できるとすれば、ここしかない。瀬良さんが一人きりになるチャンスはないものか、と瀬良さんがバスケをしている体育館をこそこそ覗いて早十分が経とうとしていた。

 嗚呼、瀬良さんのポニーテールがなんと可憐なことか。溌剌と体操着姿でコートを駆け巡る姿が輝いて見える。いつも着物に身を包んでいる姫君が、袴姿で馬に跨り弓を射っている――その姿を見守る爺やはきっと、こんな気持ちだったのだろう。


「おい、なにしてんだ、永作」


 明らかに侮蔑を含んだ低い声が背後からして、俺は一気に現実に引き戻された。ぎょっとして振り返ると、卓球のラケットを持った坊主頭が白い目で俺を睨んでいた。


「森宮!? いや、これは……」

「トイレに行くとか言って、全然帰ってこねぇから、何してんのかと思って見に来てみたら……」


 小柄で童顔、さらに野球部の時代遅れな伝統に則った坊主頭。『実写版一休さん』との呼び声高い森宮は、その印象的なくりっと大きな目をきっと細め、俺の背後に鋭い視線を向けた。


「最高だな……」

「おい、やめろ!」と、俺は森宮の視線を遮るように、体育館の入り口を背にして立ちはだかった。「そんな汚らわしい目でスポーツに勤しむ瀬良さんを見るな!」

「なんだよ、偉そうに。お前だって……」

「違う、俺は爺やのような目で見ていただけだ」

「なんだよ、爺やのような目って……結局、エロジジイだろうが」

「違う! 爺やはエロくない!」

「つーか、やっぱセラちゃん見てたんだな」


 森宮は、してやったと言わんばかりにほくそ笑んだ。およそ一休さんの名に似つかわしくない、なんとも卑しい笑みだ。

 森宮大志。去年、同じクラスになって、意気投合……というか、気づけばクラスで余っていた同士、ダラダラと荒んだ友情を育んでいた。見た目だけ純真そうで、口を開けば生臭坊主。親友と呼ぶのは悔しいが、一応、この学校で俺のことをよく知る貴重な友人だ。だからこそ――、


「お前、まさかあの噂、真に受けてねぇよな?」


 まるで野球の監督さながらに偉そうに腕を組み、森宮はじろりと責めるような目つきで俺をねめつけた。


「あのセラちゃんが、お前を好きになるわけねぇんだぞ! 勘違いして、変な気を起こすなよ!?」

「分かってるよ! てか、変な気ってなんだ!?」

「そこの体育館の入り口から、セラちゃんにしたり顔で手を振っちゃう、とかそういうのだよ!」

「するか、そんなこと!」


 と、まあ、このように、腹立たしいのやら、有り難いのやら。学校で万里を除いて唯一、あの噂をこれっぽっちも信じていない貴重な人材だ。

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